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沖縄県の旅行記【歴史・文化・芸術】

沖縄県の旅行記
沖縄 ,南大東島【前編】◇ 沖縄なのに「めんそーれ」じゃなくて「おじゃりやれ」だってぇっ! ? 南の果てにステキな離島を発見!
沖縄県の地域
沖縄
沖縄県への旅行者
コージ☆
沖縄県の旅行時期
2016/01/23~" . 2016/01/24
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

南大東島【前編】◇ 沖縄なのに「めんそーれ」じゃなくて「おじゃりやれ」だってぇっ! ? 南の果てにステキな離島を発見!

南大東島は那覇から東へ360?に浮かぶ小島で,普通の人には,台風情報で名前を聞いたことがあるって程度でしょう わたしも,大東そばや大東すしくらいしか聞いたことありませんでした… 行く前は「大した見どころはないだろうから,さっと見物してくるかーぁ」と軽い気持ちでしたが,行ってみてビックリ!ダイナミックな地形・人情・興味深い歴史・美味しいサカナなどなど魅力あふれる島でした 約100年前までは無人島だったんですが,八丈島からの開拓団が移り住んできたそうで,八丈島の文化が残っているせいか,沖縄県なのに,沖縄っぽくないところがある不思議な島です 【行程】 ◇0日目 金曜夜,那覇入り ◆1日目 那覇発9:35-RAC(琉球エアコミューター)861便-南大東10:40 『ホテルよしざと』にチェックインして昼食後,島内めぐり(大東神社→バリバリ岩→北港→南大東漁港→星野洞→亀池港→集落) ◇2日目 気象台のバルーン打ち上げ→シュガートレイン・集落の散歩→塩谷海岸→日の丸展望台→海軍棒プール→レール跡→秋葉神社→池→旧空港→ビジターセンター→大東神社 南大東16:00発-RAC868便-17:15那覇着→帰京 2日目の旅行記[後編]http://4travel.jp/travelogue/11097665 ※北大東島の旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11116209
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沖縄県の旅行記 機材は,50人乗りのDHC8-Q300 機内で...
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沖縄県の旅行記 フロント まだ,お昼前だけどチェックインできた...
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沖縄県の旅行記 「バリバリ岩」へ向かいます ここが入口 手前...
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沖縄県の旅行記 「バリバリ岩」って,巨大な岩の裂け目のことで,鎌倉の...
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沖縄県の旅行記 下り道は,さらに続くようだけど,雨で足場も悪いことだ...
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沖縄県の旅行記 穴の向こうは下り 下から入口の方を見上げた様子
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沖縄県の旅行記 ちょっとした探検気分で面白い!
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沖縄県の旅行記 雨降りだったんで,行く手を阻む水たまり…
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沖縄県の旅行記 お次は北港を見てから,南大東漁港へ 崖を切り崩...
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沖縄県の旅行記 漁港を上から見た写真 こんな小さな島でこれだけ...
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沖縄県の旅行記 のっけから,岩の迫力に圧倒される~! 平たい島...
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沖縄県の旅行記 鍾乳洞の中のポイントに番号が付いていて,オーディオガ...
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沖縄県の旅行記 那覇から1時間で到着~ 6割程度の搭乗率でした...
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沖縄 ,北大東島 ◇ 沖縄で一番早く朝日が昇る『うふあがり島 』 ? 離島にローマ遺跡? & 驚きの大東ブルー!
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沖縄
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コージ☆
沖縄県の旅行時期
2016/03/26~" . 2016/03/27
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

北大東島 ◇ 沖縄で一番早く朝日が昇る『うふあがり島 』 ? 離島にローマ遺跡? & 驚きの大東ブルー!

北大東島は,島の成り立ちや歴史など南大東島と双子の兄弟と言っていいくらいなので,両方いっぺんに行きたかったんですが,今年の1月に南大東島へは行ったけど,スケジュール的に北大東島へは行けませんでしたので,今回リベンジです この島は特別な名所があるわけでもないですが,燐鉱石貯蔵庫跡と海のブルーがひじょうに印象的で,やっぱりいい島でした 今回は,沖縄ツーリストさんで宿と航空券を確保しました(個別に手配すると,航空券が高くなるのでツアーにした方がいいかも…) 南大東島と比較すると面白いかもしれませんが,見どころは南大東島の方が多いです ※南大東島の旅行記 【前編】http://4travel.jp/travelogue/11098136 【後編】http://4travel.jp/travelogue/11097665 ※OTS 沖縄ツーリスト https://www.otsinfo.co.jp/ ※ハマユウ荘 http://www.hamayuso.com/ 【行程】 ◆1日目 那覇発13:45-RAC(琉球エアコミューター)847便-北大東14:55 『ハマユウ荘』にチェックインして,島内めぐり(大東宮→天狗岩→沖縄海・沖縄最東端の碑→江崎港→上陸公園など) ◆2日目 日の出→西港・燐鉱石貯蔵庫跡→北港→灯台・旧陸軍壕跡など 北大東15:20発-RAC836便-15:35南大東16:00-RAC868便-17:15那覇着→帰京
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沖縄県の旅行記 朝!まっすぐ上る飛行機雲!今日も晴れそう! 沖...
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沖縄県の旅行記 さて,夕方まで時間があるので,今日は本格的に島内めぐ...
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沖縄県の旅行記 廃墟にサボテンが生えてる~!
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沖縄県の旅行記 さっきの模型の黄色い丸あたり
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沖縄県の旅行記 港の先っちょの方へ行ってみると,やっぱり大東島はワイ...
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沖縄県の旅行記 面白そうな仕掛けがあったのでのぞいてみました ...
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沖縄県の旅行記 10?ちょっと先に南大東島が見えます 南北大東...
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沖縄県の旅行記 ダイナミックな波が打ち付けてます
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沖縄県の旅行記 ドリンクを買いに空港に立ち寄りました(自販機あり)
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沖縄県の旅行記 ブラブラ走って,丘の上の灯台へ 北大東島は,サ...
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沖縄県の旅行記 やっぱり島には白い灯台だねっ
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沖縄県の旅行記 灯台のそばに,旧陸軍壕が残っていました (右下...
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沖縄県の旅行記 ランチしに,いったんホテルへ戻りました この島は,...
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沖縄県の旅行記 ホテルに,こじゃれた水の階段があったので,なにげなく...
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沖縄県の旅行記 西港に来て,断崖の高さが分かるようにクルマを停めてみ...
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沖縄県の旅行記 振り返ると,えっ?なに?なに?この色はー?
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沖縄県の旅行記 近くまで寄って見ると… な,なんだぁーーー!こ...
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沖縄県の旅行記 白っぽい絵の具か何かを流したような 何ブルー?...
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沖縄県の旅行記 ヒコーキの出発まで残り時間は,目的もなくドライブです...
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沖縄県の旅行記 地図に「地蔵さん」とか「観音さん」と親しみを感じる名...
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沖縄県の旅行記 さて,名残り惜しくも島を去る時間がやってきました ...
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沖縄県の旅行記 北大東から南大東へは,出発から到着まで15分ですが,...
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沖縄県の旅行記 南北大東島へのアクセスは,大東海運の貨客船で所要15...
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沖縄県の旅行記 この写真は,ちょっと笑えた~ 家畜がむき出し状...
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沖縄県の旅行記 開拓当初は,こんな生活だったんだね~
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沖縄県の旅行記 目指す北大東島は,沖縄本島から東へ360?に位置し,...
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沖縄県の旅行記 黄色い円が,今回訪れた主な“見どころ” 青い円...
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沖縄県の旅行記 ここは「沖縄海」っていう人工的に造られた潮だまりで,...
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沖縄 ,第零章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?INDEX編?
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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。
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2014/09/16~" . 2017/09/28
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

第零章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?INDEX編?

平成26(2014)年9月16日から書き溜めた?戦争を学ぶ?シリーズのINDEX編です。自分自身の中でごっちゃになってしまったので纏めてみました。次回に残った?課題?以外は特にここで書いていることはないと思います。また今後?戦跡?巡りの旅を続ける限り、この旅行記は継続し続けます。
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沖縄県の旅行記 第十一章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?沖縄:浦添大公園・嘉...
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沖縄県の旅行記 第十二章あみんちゅ戦争を学ぶ旅沖縄?対馬丸記念館・旭...
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沖縄県の旅行記 第十三章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?沖縄:チビチリガマ編...
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沖縄県の旅行記 ※番外 ≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる...
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沖縄県の旅行記 第一章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?鹿児島陸軍特攻戦跡:万...
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沖縄県の旅行記 第二章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?鹿児島海軍特攻戦跡:笠...
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沖縄県の旅行記 第四章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?沖縄:嘉数(かかず)高...
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沖縄県の旅行記 第三章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?沖縄:旧海軍司令部壕編...
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沖縄県の旅行記 第六章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?滋賀:滋賀県平和祈念館...
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沖縄県の旅行記 第七章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?福岡:碓井平和祈念館編...
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沖縄県の旅行記 第八章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?福岡:武富戦争資料館(...
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沖縄県の旅行記 第十章あみんちゅ歴史を学ぶ旅奄美群島喜界島?戦闘指揮...
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沖縄県の旅行記 第九章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?福岡:筑前町立大刀洗平...
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沖縄県の旅行記 ※番外 2015年6月23日火曜日?沖縄慰霊の日??...
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沖縄県の旅行記 第十七章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?西表島:宇多良(うた...
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沖縄県の旅行記 第十六章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?西表島:忘勿石(わす...
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沖縄県の旅行記 第十八章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?南城:糸数アブチラガ...
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沖縄県の旅行記 第二十章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?南風原(はえばる):...
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沖縄県の旅行記 第二十二章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?糸満:マヤーガマ(...
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沖縄県の旅行記 第二十五章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?ふじ学徒看護隊(積...
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沖縄県の旅行記 【番外】 71回目の沖縄の一番長い日?慰霊の日??追...
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沖縄県の旅行記 第二十三章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?白梅学徒隊(沖縄県...
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沖縄県の旅行記 第十四章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?瑞泉(ずゐせん)学徒...
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沖縄県の旅行記 第二十四章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?梯梧(でいご)学徒...
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沖縄県の旅行記 第二十六章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?呉:旧海軍墓地を訪...
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沖縄県の旅行記 【番外】 沖縄の一番長い日を辿る旅?第72回全戦没...
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沖縄県の旅行記 第二十八章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?なごらん学徒看護隊...
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沖縄県の旅行記 【未完成】 第三十章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?浦上の聖...
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沖縄 ,小浜島訪問記
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Matt Y
沖縄県の旅行時期
2017/05/27~" . 2017/05/28
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

小浜島訪問記

ANA特典で中国発の行程を組んだので、片道どこか国内に飛べる。ならば一番遠い石垣でしょというわけで元々羽田ー那覇ー石垣の片道と、早期購入割引で石垣ー羽田を取っていた。 しかし休日出勤を迫られ一週間ずらさなくてはならなくなったので、特典で取った往路は変更可能だったものの、復路は泣く泣くキャンセル… 改めて石垣ー羽田、ないしは石垣ー那覇ー羽田を撮り直しても結構なお値段。そこでどうするか迷いつつも取り急ぎ那覇行きの飛行機に飛び乗る。
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沖縄県の旅行記 かつての香港カーブは無くなっても意外に山スレスレ飛ぶ...
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沖縄県の旅行記 A320も大きく感じます。
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沖縄県の旅行記 人の出入りがやや多くて、若干落ち着かなかったのは残念...
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沖縄県の旅行記 潰れたリゾートホテルの廃墟を抜けた・・・
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沖縄 ,沖縄南部の旅 泰安洋行 琉球の歴史と文化 そして鎮魂巡礼 沖縄平和祈念公園 ひめゆりの塔  斎場御嶽(せいふぁーうたき) 瀬長島ウミカジテラス ガンガラーの谷 知念岬 豊崎美らsunビーチ 
沖縄県の地域
沖縄
沖縄県への旅行者
まるくん
沖縄県の旅行時期
2017/07/08~" . 2017/07/11
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

沖縄南部の旅 泰安洋行 琉球の歴史と文化 そして鎮魂巡礼 沖縄平和祈念公園 ひめゆりの塔 斎場御嶽(せいふぁーうたき) 瀬長島ウミカジテラス ガンガラーの谷 知念岬 豊崎美らsunビーチ 

♪本日のBGM「Roxy Music - More Than This (DreamTime Mix)?邦題 夜に抱かれて? 沖縄最終日 ようやくあの地へ赴くことになる――。 初日、嘉手納へ向かう道中いつだったか、今回の旅でずっとお世話になった女性ドライバーにこんな軽口を叩いていた。 「昔はねーーー夏となると海ばっかりでバシャバシャ泳いでは浜辺に寝そべって日焼けどころか大火傷していましたよ(笑)。僕ねーー、今回海水パンツもビーチサンダルすら持ってきてないんです。海は黄昏時眺めるものだと、この歳になってようやく、よーやく気づいたんです(笑)」 「それ、沖縄のひとと一緒ですよ(笑)。沖縄のひとたちあんまり海に入りません」 「あっ、なんかで聞いたことがある。泳げない人けっこういるらしいですよね」 「ええ・・・・・・・・・・・(笑)」 「あれがラナイ橋ですよ」 ラナイ橋から眼下に眺める海はクリームソーダとコバルトブルーのグラデーションで今回最も美しいと思える海だった。午前早くは太陽の光の屈折の関係であまり海の色が美しくないと言われるがなかなかどうして今回一番のグラデーション。 でも、ラナイ橋、カナイ橋というけど一瞬で通り過ぎてしまった。 「斎場御嶽(せーふぁーうだき)行かれます?時間なら大丈夫ですよ」 「じゃあ、行ってみますか」 「駐車場がすぐそこまであったのですが、環境保全のためちょっと離れた場所になります。一般車両は進入禁止になったんです。あの信号を渡ってしばらく歩きます。あっ、まるくん、チケット売り場はそこですよ」 わかってはいたが、今しがた駐車場に横付けした軽ワゴンの運転手がめちゃくちゃ可愛いのについつい目と集中力がいってしまっていた。車には南城市のマーク、どうやら市の職員らしい。チケットを買うのを余所に彼女がワゴンから降りてくるのを今か今かと待ち構えていて、不思議に思った運転手さんは降りてきて私をチケット売り場へ導こうとする。 酷暑の中、御嶽入り口までですでに汗だくとなってしまった。御嶽(うたき)とは、沖縄の聖なる空間であり、祈りの場。斎場御嶽は、琉球の創世神話に登場する沖縄の七御嶽のなかでも最も格の高い聖地とされている。もともとは男子禁制の場で、琉球国王でさえ聖域内に入る際には女性用の衣装に着替えたと伝えられている。 高台から眺めた海、東には神の島として知られる久高島を拝む。 本島南部は沖縄というより琉球とまだ呼ぶにひさわしい風土と歴史と文化が色濃く残っている。 「知念岬も行きますね」 知念岬公園を駐車場すぐの東屋から水平線を見下ろす。視界のすぐ左手に平で長細い久高島、右手手前に小さな無人島コマカ島。カメラのズームで覗くとボートが浜辺に泊まりパラソルと人影が見える。 あの突先までは行かなくていい、ここで十分だ。 どこかで見たことがある風景だった。 すぐに思い起こした。 昨年のちょうどこの時期の夏訪れた阿蘇外輪山からラピュタの道を眺めた場所にそっくりだった。 海と山の違いはあれども、それを髣髴させられるデジャ・ヴューな風景だった。 目に見えない糸をたぐるように何かと何かが繋がっていく。 あのとき、ラピュタの道は無残にも崩れていて復旧はまだまだ遠い先である――。 「まずは手を合わせます」 いわれるのとほぼ同時に私は自然と頭を垂れ手を合わせていた。 雄大な海蝕崖景観の海岸線を有した珊瑚礁台地に立っている。 「この「平和の火」は、沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島なんです。そこで採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」、それから長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し1991年から灯しつづけた火を、1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものです。沖縄戦終戦の6月23日から終戦記念日まで灯されます」 「ずっと消えないのでは?」 「はい。種火はそうですが、こうして外部に灯される期間のことです」 平和広場中心の平和の礎(平和の火)でもあらたに黙祷を捧げる。 「あのバンタは・・・・・・・・・・・・・?」 目を開けた先の直線上に断崖絶壁と海岸線、波打ち際の荒々しさに、何故か胸騒ぎがした。 「この断崖と、ここに平和公園があることになにか関係ありそうですね?」 「はい。そうなんです。ギーザバンタ(慶座絶壁)です。沖縄戦末期、南部戦線で追い詰められた多くの住民や日本兵が身を投げたと伝えられる場所です。今でも自殺の名所と言われています・・・・・・・・・・・。沖縄は今でも死体が海からあがるときが多いんです・・・・・・・・・・・・・・」 「!!・・・・・・・・・それで海に入らない?・・・・・・・・・・」 はじめてひとり旅らしい旅行をした北海道の積丹半島の絶壁を思い起こすような断崖絶壁で私は絶句した。 「あの木は何ですか?」 旅先で、こんなに質問調子の会話を私はあとにも先にもしたことがない。「モモタマナです。沖縄の方言でクファディーサ、悪魔を吸い取る木といはれています」 「意味があったんですね。あれは?」 「平和の礎(いしじ)です。国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑です。24万人の名前が刻まれています。まだ1万人ほど記名がない碑もあります」 「まだ増え続けていると?・・・・・・・・・・」 「はい。なかには○○の子など、生まれたばかりで性別すらつかない赤ちゃん、戸籍が消失したひとらも○○の子などと書かれています」 「訪れるひともそうでしょうけど、語れるひともどんどん少なくなってきますよね。広島もそうだと聞いたことがあります。そりゃどんどん高齢化だし・・・・・・・」 「はい、もちろんそれもありますが・・・・・・。語らない、語れないんです。今でも沖縄のひとたちは。例えばですね、お互い殺傷して自決を図るも、片や生き延びたひともいます。たとえ親戚であっても絶対公言してはならない。固く言われ続けて今日まで黙して語らず、墓場までそう至るひとも少なくありません。ようやく、ようやく話し始めたひともいます」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 このあと訪れた平和祈念資料館や平和の塔のことは語らなくともよかろう、このあと慰霊に訪れたひめゆりの塔のことも含めて自分のなかにだけしっかりと心に留めておきたい。 ひめゆりの塔で献花用の花束をまるで観光土産かのように売っていたおばさんたちにちょっと腹が立ち、同時によそ者としての自分にちょっと安堵した。そういう性分の自分が大嫌いだ。  瀬長島ウミカジテラスで昼食をとったあと、長くて短い沖縄の旅を終える。 帰りの飛行機は沖合いから大きく右旋回して、つい先ほどまで過ごしたウミカジテラス、百名ビーチなど南部の海岸線上空を行く。 先ほどトウキビ畑が連なる糸満市上空もかすめた。 糸満市摩文仁の丘陵を南に望み、南東側に険しく美しい海岸線を眺望できる台地、ここが沖縄戦終焉の地だ。 【私たちの】【最後の戦争の地】だ――――。 ギーザパンタに対面したときの胸騒ぎは一生忘れることはないだろう。 しかし、自己のなかで解禁となった、これから沖縄の地を踏む回数を重ねる度に、これまでこだわってきた想いはどんどん薄れていくのかもしれない。 でも、心配はしていない。 これからも、沖縄は長崎、広島と同じく私にとってもっとも【大切な地】だから。 【年を重ねるということは希望しか見えてこない】はずなのだから――――。
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沖縄 ,かけ足で巡る初沖縄 9/9(首里城編)
沖縄県の地域
沖縄
沖縄県への旅行者
kama
沖縄県の旅行時期
2017/05/13~" . 2017/05/14
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

かけ足で巡る初沖縄 9/9(首里城編)

クラブツーリズムのツアーで沖縄へ 「沖縄ハイライト2日間」というタイトル。 料金   旅行代金       36,900円      国内線施設利用費      580円      損害保険         1,500円  オプション 1日目昼食 1,296円        琉球村       1,080円        3日目昼食     1,500円        首里城        660円      合計         43,516円 ?5/14(日) 16:15?17:30 首里城を見学 18:00?19:25 那覇空港 22:05      羽田空港着
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沖縄 ,かけ足で巡る初沖縄 1/9(ひめゆりの塔編)
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沖縄
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kama
沖縄県の旅行時期
2017/05/13~" . 2017/05/14
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

かけ足で巡る初沖縄 1/9(ひめゆりの塔編)

クラブツーリズムのツアーで沖縄へ 「沖縄ハイライト2日間」というタイトル。 料金   旅行代金       36,900円      国内線施設利用費      580円      損害保険         1,500円  オプション 1日目昼食 1,296円        琉球村       1,080円        3日目昼食     1,500円        首里城        660円      合計         43,516円 ?5/13(土)   8:25      羽田から日本航空で那覇へ   13:10?13:30  ひめゆりの塔を見学 13:30?14:15   ひめゆり会館で昼食
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ドルフィンズ11番
沖縄県の旅行時期
2009/01/04~" . 2009/01/04
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

正月沖縄旅行記(2日目)

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ドルフィンズ11番
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2009/01/03~" . 2009/01/03
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

正月沖縄旅行記(1日目)

正月気分を沖縄で味わう旅 初日は、首里城を中心に観光しました。 ※過去に自分のホームページに掲載していたものの転載です。文面も当時のままですので、古い情報があるかもしれませんが、ご了承ください。
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沖縄 ,初めてのムシャーマ
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2016/08/11~" . 2016/08/17
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

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沖縄県の旅行記 この坂道はやっぱり好きだけど、帰りはきつい…
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沖縄県の旅行記 この海の色、苦労してでも見たい! でも自らの体力低...
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沖縄県の旅行記 人がいないと、景色が額縁に入れられたようでステキ。
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沖縄県の旅行記 翌日の朝刊(空港で購入)。 一面だ!…八重山の新聞...
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沖縄 ,≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五?最終日:そして淡海へ編?
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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。
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2017/06/24~" . 2017/06/24
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五?最終日:そして淡海へ編?

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五?最終日:そして淡海へ編? 平成27(2015)年の戦後70年という節目の年に、先の大戦に於ける戦没者を祀る多くの場所で慰霊祭が行われることを知りました。唯一身内の戦没者である母方の祖父が、昭和20(1945)年6月10日に沖縄亡くなっていることは、知ってはいたものの特に行動には起こすこともしませんでした。 ぶらり歩きのために行き始めた沖縄の地で、住民を巻き込んだ『史上稀にみる地上戦の舞台』が正しく伝えられていないと感じたのは、那覇経由で八重山へと向かうトランジットの際に訪れた『黎明之塔』に始まっています。戦場となった沖縄では多くの住民が巻き込まれ犠牲となったことは間違いない史実ではあるものの、理由はともかく『将兵』として日本全国から召集され、故郷から遠く離れた沖縄の地で望郷の念を持ちながら斃れていった…というより『斃れざるを得なかった』人々が、なぜここまで『悪者扱い』をされなきゃなんないのか?ということに対し『疑問』を持ったことが沖縄訪問をリピートするようになった理由でした。 平成27(2015)年6月23日に行われた『戦後70年 沖縄戦全戦没者追悼式典』に於いて、対象となっているすべての戦没者遺族が参列する式典会場で、式典の進行を妨げる『シュプレヒコール』やでっち上げの『ヤジ』の応酬等、明らかに『作為的なもの』が『事実』として全世界に配信されていることを含め、主賓ではなく『遺族』として参加されておられる方々への『冒涜』だと思えることを多々感じたという経験があります。式典会場に入らずに式典参加をする『外野』としての立場でも『いい加減にしろ(怒)』と憤慨するくらいなので、来賓として参加されていた『戦争を知る』ご遺族にはどのように見えていたのかは、想像を絶するものだったに違いありません。 会場入りするシャトルバスの車内で内地から来られて身近な親族を亡くされただろうご年配の女性が、入口付近で主賓の入場を妨げるかのごとく、『○○来るな?』と叫んでいる姿に寂しそうな目をしておられたことがいまだに私の頭から離れません。『追悼式』は政治的解決をする『場所』ではありません。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、第32軍司令部が崩壊し、それが沖縄戦の『事実上の終戦』とされていることから『慰霊の日』となった『経緯』が気に入らない輩も結構いるようです。 漠然とした『反戦運動』に『大義名分』は勿論のこと、その『理由』すらどうでも良いことなのかも知れません。ではなぜ『反戦』なのか?と問われるとどう答えるのでしょうか?答えを押し付けるつもりは毛頭ありませんが『多くの人が死ぬ』からやってはいけないとはおもわないのでしょうか?しかしそれならば立場を問わず戦争によって亡くなられたすべての『戦没者』を慰霊する式典を反故にして良いものだろうか…。そう思えてなりません。勿論戦争を肯定する理由は何ひとつありません。広島の原爆戦没者慰霊碑には『安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませぬから』という一文が刻まれています。出所の是非論はあるにしても、戦争という『過ち』を繰り返さないという『意識』が泥沼化した『戦争』を回避する『唯一の手段』と言えば、それに異論を唱える者はないのではないでしょうか。そんな思いがこの『慰霊の日』を私に沖縄にて過ごさせているリビドーになっているように思います。 結局は今までにない程の『with No Plan』で始まった今回の旅もいよいよ最終日。ナビも使わず自分の頭の中に残っている『様々な情報』に基づいていろいろと立ち寄ってきました。さあ残りわずかな沖縄での時間は、どのように過ぎていったのでしょうか?(笑)。 平成29(2017)年6月24日土曜日 みん宿ヤポネシア 10:47 《0.0km・0.0km・169.0km・0.0km/h》 ファミリーマート 11:04 《10.0km・10.0km・314.2km・35.3km/h》 J A 東 風 平 店  11:24 イオン南風原店 11:41 《6.9km・16.9km・321.1km・24.4km/h》         12:25 南風原中郵便局 12:33 《1.9km・18.8km・323.0km・14.2km/h》   ≪ゆうパック120サイズ:1,760円≫         12:51 フジレンタカー 13:13 《7.7km・26.5km・330.7km・21.0km/h》 那 覇 営 業 所 13:18 那覇空港1T 13:25 チェックイン 13:31 ≪GK354:Fee(4,490円)・1F(870円)・手数料(500円)・計(5,860円)≫ 保安検査 14:21 バス 14:46 搭乗 14:49 ドアクローズ 14:54 プッシュバック 14:56 タキシング 15:02 離陸 15:06 ギアダウン 16:46 着陸 16:49 停止 16:54 降機 16:58 バス 17:00 ターミナル着 17:05 ターミナル発 17:10 リムジンバス乗車 17:18 リムジンバス出発 17:20 ≪京阪バス:往復切符利用≫ 京都 18:36    18:52   ≪快速米原行き:240円≫ 田舎駅 19:07     19:17   ≪31系統田舎の赤バス:230円≫ ド田舎バス停 19:30 ド田舎我が家 19:33// 7:00過ぎに起床しました。今回の旅の朝は目覚ましに起こされたことがありません(笑)。夜型人間の私にとっては『超珍しい』ことです♪ 一服を済ませて荷物を作り、朝食を頂きます。癖のあるみん宿ヤポネシアの中でも『曲者』揃いが宿泊する6月22・23日のメンバーは、今日で解散となります。美味しく朝食を頂いてのんびりしていると、バス旅のオッちゃんがまず出発されます。次いで台湾のカップルさん、こちらは宿替えのようです。そして漁港に行って帰ってきたアクティブな車いすのお兄ちゃん。2泊で群馬からだそうですが飛行機もその場で取るという『強者』でしたが、私なんぞが知り得てる『南部の情報』が役に立ったのでしょうか?最後に握手をして別れます。いつも殿が私になるのですが、何回も『お見送り』に出さすのも申し訳なく、お兄ちゃんの後に続けて出発します。10:47、いつも通りチェックアウト時刻を無視した出発でした(笑)。 国道手前までのまっすぐな道、ハザードと手を振りながらVitzくんで走って行きます。今日は土曜日なので郵便局も休みゆえ、現実的な目的地経由で空港方面へ行くことにしました。具志頭の交差点まではお兄ちゃんの後ろについて行き、南風原方向へと左折する際にパッシングをするも気付かれなかったようでした。国道331号線から国道507号線へと入り、八重瀬町の中心エリアの東風平(こちんだ)のファミリーマートに立ち寄って一服休憩です。20分足らずの走行で一服するのはご愛嬌です(笑)。それともうひとつ一回行きそびれた『東風平郵便局』に立ち寄る目的もありました。 旅行貯金を済ませて南風原へと向かいます。イオンモール南風原店、沖縄に来たら『立ち寄らないことはない』と言い切れる程よく訪れています。規模は大きいのですが、全体的な集客数はそれほどいないのか、以前『カメラのキタムラ』でネガ現像とデータ化を頼もうとしたら『即時仕上げをやっていない』と言われました。しかしサンエー程ではないにしろ『お土産品』を安く購入できる『スーパー』として利用するには良いところです♪ ただあまり時間もないため、適当にいくつか品物をチョイスしボストンバックに詰め込みます。買い物が終わって荷造りも終わってから出発します。これで那覇へと向かうだろう…なんですが、荷物を発送しなければなりません。ルート的には那覇中央郵便局の方がレンタカーの営業所には近いのですが、なんせ込み合うことが多いため、イオンモール近くの『南風原中郵便局』に立ち寄ります。南風原という街が那覇のベッドタウン化しており、人口急増中である典型的な『郵便専門局』ではあるのですが、ホームページ上で書かれていたビニール製の『ボストンバック袋』がないと言われました。それは係員が知らなかったのか、出ることがないため『扱っていない』のか理由はわかりません。結局ないものは仕方がないので、バックに伝票をくっつけて自宅へと発送して終了です。 こわれものは一応『あり』にはしていますが、どこぞの運送屋みたいに投げることはしないと信じ発送しましたが、しばらく走り出したところで郵便局で尋ねられた『リチウム電池』のことをふと思い出します。充電池は『多量』でなければ大丈夫だと聞きましたが、最近あまり聞かない『リチウム電池』を実は持っていた…。今回部屋の掃除をしていて見つけた『アナログ(フィルム)一眼カメラ』には『2CR5』というリチウム電池を使用しているカメラを、送った荷物に入れっぱなしにしてしまったような気がして…。とはいえ戻る時間もなく、先に進むしかない状況では船便になってしまえば仕方がないと割り切るしかありません…。最後に確認を忘れてしまったたかティムさんでした(汗)。 那覇市奥武山のフジレンタカー那覇営業所にたどり着く寸前、明治橋付近にて今回もまた『給油ランプ』が点灯します。まあ大した距離も残っていないため、アクセルをよりゆっくり踏み込むようにしてエコ運転を心がけ、13:13に無事返車を完了します。330kmの道程を元気に走ってくれたVitzくんともお別れです。 たまたま同時刻に返車する方が少なかったようで、すぐに那覇空港への送迎車に乗ることができました。7分間の時間は、行きと同様ハンドルを握らなくてもいい時間であり、5日間の日程を振り返る時間でもあります。昨年6月の来沖の際には、まさか一年間来られないことを予測だにしていませんでした。2ヶ月に一度のペースはオーバーペースだったにしろ、一年間のブランクは沖縄を訪れるきっかけを変える過渡期の訪れを感じさせるものかも知れません。沖縄に来て考えなければならない事柄を溜め込み、それに加えて試験勉強という自己啓発に突っ走った昨年一年間を過ごし、老け込む時期ではまだないことを痛感しています。双方を両立させることができなかった反省はあるので、沖縄流『てーげー』の生き方をして改めて実行しようと思いつつ、94時間前に到着した那覇空港第1ターミナルに到着します。 レンタカーの送迎車の降車は3階フロアになります。ドライバーさんにお礼を言ってチェックインカウンター最南端のジェットスターカウンターへとやってきます。webチェックインが当たり前の時代に1Fの非常口座席は未だキオスクにてのチェックインが必要です。まあいつものことなので慣れた手つきで済ませた後、 ぶらぶらと買う予定ないお土産を見て歩きます。ただここで余計なことを知ってしまいました。お土産の定番である『御菓子御殿の紅芋タルト』に3つ入りの小箱がありました。今まで1番小さなものが6個入りだと思っていたのでそれを買い求めていましたが、空港で売られているとは知りませんでした。数を食べるものではないため、それで十分なので見つけてしまったことはちょっとショックでした(泣)。 悔やんでも仕方がないのでスルーし、保安検査場を通過します。後は飛行機に乗るだけとなった今、急にお腹がなります。搭乗口からあまり離れたくなかったこともあり、いつも飲み物を購入するだけの『BlueSky21』に立ち寄りました。なんでも良かったのですが、せっかくなので…と選んだメニューは『沖縄そば』。器の持ち出しを考慮してなのかスチロールの器に入ったものでしたが、今回沖縄料理的なものを口にしていないこともあり、紅生姜をたんまり入れて美味しく頂きました、ご馳走さま?♪ お腹も膨れて一服し、タラタラと28番ゲートを目指すと既に搭乗が始まっていました。というよりバス搭乗の最終バスだったことを知り、ちょっと焦りました。行きと同様のA320-200機材での運航のGK354は、私を含めた10名程を待ってドアクローズ。6分の早発でした(汗)。 いつもならば離陸待ちが結構ある中で10分後には離陸します。あの独特の無重力感を味わった後、関西国際空港行きのGK354は雲の多い那覇空港を後にします。 那覇発だと2時間足らずのフライトなので、寝る間もなく着いてしまうのですが、さすがに睡眠不足が続いていた今回の旅路ゆえ、離陸したことしか覚えていません。着陸のアナウンスで目覚めたのは四国上空で、間もなく関西国際空港に到着します。 寝てはいたけど疲れはピーク状態だったこともあり、普段ならばリムジンバスに乗るまで、ターミナル内をぶらつくのですが、今回はその余裕もありません。沖止めの機材からバスに乗り、ターミナルを素通りし、京都行きリムジンバスに乗るまで僅か20分。今までの関西空港最短滞在時間となりました(笑)。 京阪バスオペレーションの関西空港リムジンバスは、行きと同じ経路をたどって走ったはずです。はずですというのは高速京田辺の降車扱いの記憶がありません。というより『間もなく京都駅』のアナウンスで我に返ったことまで意識が朦朧としていました。結局京都駅には僅かに早着し、本当に無駄のない時間取りで京都から快速に乗車。県境を越えて南淡海の国の首都『INAKA STATION』に到着の後タバコの購入はしたものの、下車後10分で田舎の赤バスに乗車し、ド田舎バス停を経由して田舎の我が家に到着します。 いつもならば関西空港に到着してからブツブツ言いながら帰ってくるのですが、正直言ってそんな余裕は全くありませんでした。うちの会社は16日?翌15日までのシフトですが、まだ9日しか過ぎていないのに7日間休んでいます。有休を2日入れて貰っているので月あたりの休日は11日。と?い?う?こ?と?は?・・・残り21日あるうちの休みは4日・・・。なんかすごいことになりそうな予感がします。勿論休みは貰っているから働くのであり、不満は全くありません。しか?し5日間の旅行でくたびれたとは、なんか自信喪失をしてしまいました。ちなみに『思考回路』が飛んでいたため気になったまま帰って来た『リチウムバッテリー』はなぜか『電池単品』がリュックの底に転がっていたことが翌日に発覚しました…。 まあなんとかすればなんとかなるみたいで、そのシフトをクリアすることができました。それなりにハードな勤務でしたが休みを取らせてくれた同僚達の協力には『感謝』の一言しかありません。しかしのど元過ぎるとなんとやらで、また来月も良からぬ魂胆を持っていたりもします(笑)♪ 今まではひとつの旅が終わればそれまででしたが、今では旅の終わりは次の旅の始まりにしか思えてきません。色々な自己発見ができた今回の沖縄の旅路でした♪ 長文にお付き合い頂いてありがとうございました。これにて?《2017.June》あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之五?最終日:そして淡海へ編??は終わります♪
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沖縄県の旅行記 みん宿ヤポネシアにて、最後の晩餐ならぬ『最後の朝食』...
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沖縄県の旅行記 名残り惜しいですがそろそろ発たねばなりません…ってか...
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沖縄県の旅行記 今回沖縄のアッシーくんを引き受けてくれた『Vitz』...
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沖縄県の旅行記 よく走ってくれました♪
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沖縄県の旅行記 東風平郵便局にて旅行貯金をします。 東風平(こ...
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沖縄県の旅行記 南風原中郵便局でバックを自宅に送ります。近くにある『...
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沖縄県の旅行記 明治橋付近にて『給油ランプ』が点灯します(汗)。すぐ...
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沖縄県の旅行記 今回お世話になったフジレンタカー那覇営業所。
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沖縄県の旅行記 『フルコミプラン』の内容は他社より確かです。またお世...
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沖縄県の旅行記 空港まで送って頂きました。お世話になりました♪
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沖縄県の旅行記 出発ロビーの3階?入口。
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沖縄県の旅行記 出発予定表示板とたかティムさん♪
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沖縄県の旅行記 出発ロビー最南端のジェットスターカウンター。
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沖縄県の旅行記 保安検査場。
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沖縄県の旅行記 本日の昼食『沖縄そば』♪ おいしゅうございまし...
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沖縄県の旅行記 28番ゲート近くの『BlueSky21』に立ち寄りま...
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沖縄県の旅行記 ゆっくりしすぎて28番ゲートに急がねばなりません(汗...
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沖縄県の旅行記 といってもB型ですから?(笑)。
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沖縄県の旅行記 28番ゲートで最終のバスが待機中と知りました(汗)。
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沖縄県の旅行記 機内にて暇を持て余し『自撮り』に勤しむたかティムさん...
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沖縄県の旅行記 搭乗してからすぐにスコールがありました。行動時にはな...
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沖縄県の旅行記 アップフロントシート1Fのシートピッチ♪
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沖縄県の旅行記 まもなく扉が閉まります。さらば沖縄、また来る日まで!
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沖縄県の旅行記 機内最前列のパーテーション。
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沖縄県の旅行記 那覇空港ターミナルビル。 それじゃあまたね♪
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沖縄県の旅行記 あっという間に関西空港。
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沖縄県の旅行記 GK354のエアバス322型機とCAさん♪
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沖縄県の旅行記 バスの車窓から。
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沖縄県の旅行記 乗ってきたバス♪
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沖縄県の旅行記 211番ゲートに到着しました。
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沖縄県の旅行記 制限エリアを出て行きます。
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沖縄県の旅行記 関西空港第1ターミナル1階E出口から出て来ました。
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沖縄県の旅行記 関西空港第一ターミナル発京都行きは京阪バスのオペレー...
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沖縄県の旅行記 リムジンバスバス停付近に『喫煙コーナー』が新設されて...
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沖縄県の旅行記 コトチカKYOTOを通って…。
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沖縄県の旅行記 京都駅地下東口から構内へと入場します。
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沖縄県の旅行記 京都駅構内の地下連絡通路。
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沖縄県の旅行記 2番線にはエスカレーターがあります。
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沖縄県の旅行記 待避線停車中の『青虫電車』117系。
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沖縄県の旅行記 米原行き快速223系が入線してきました。
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沖縄県の旅行記 あっという間に田舎駅♪
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沖縄県の旅行記 それ程多い人ではありませんでした。
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沖縄県の旅行記 帰って来ちゃった…。
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沖縄県の旅行記 今回の旅も無事終了しました。さぁ次はどんな旅物語が待...
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沖縄県の旅行記 田舎の赤バス31号系統で帰ります。
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沖縄県の旅行記 ド田舎バス停に到着しました。
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沖縄県の旅行記 イオンモール南風原店へとやって来ました。
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沖縄県の旅行記 今回の旅もあっという間に最終日の朝を迎えました…。
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沖縄県の旅行記 帰りのGK354のボーディングパス♪
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沖縄 ,竹富島へ行ってみた
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2017/07/02~" . 2017/07/02
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竹富島へ行ってみた

石垣島の離島ターミナルから日帰りで竹富島へ行きました。水牛車に乗ってのんびり揺られて島をまわりました。次に自転車をレンタルして西桟橋、コンドイ海岸、人頭税廃止百年記念之碑、仲筋井戸、なごみの塔などを見ました。天気がよくて暑かったけれど竹富島(滞在3時間)を楽しみました。
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沖縄県の旅行記 石垣島から竹富島まで10分間の船旅です。
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沖縄県の旅行記 かなりのスピードですぐに竹富島に着きました。船酔いを...
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沖縄県の旅行記 高い山や建物はありません。
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沖縄県の旅行記 港に水牛車やレンタル自転車のバスが迎えに来ています。
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沖縄県の旅行記 10分ほどで水牛車の駐車場に着きました。
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沖縄県の旅行記 20人くらい乗れそうな水牛車がゆっくり動きます。先頭...
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沖縄県の旅行記 さぶちゃん石垣にぶつからず上手に曲がっていきます。暑...
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沖縄県の旅行記 自転車をレンタルして西桟橋にいきました。前に西表島が...
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沖縄県の旅行記 コンドイビーチです、白い砂と青い海がきれいで波があり...
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沖縄県の旅行記 なごみの塔は老朽化して立ち入り禁止です。
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沖縄県の旅行記 水道記念碑。水道は石垣島から海中を通って竹富島までき...
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沖縄県の旅行記 竹富小中学校の南側にある仲筋井戸。昭和51年の水道が...
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沖縄県の旅行記 仲筋井戸のそばにある人頭税廃止百年記念之碑。人頭税は...
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沖縄県の旅行記 竹冨郵便局。
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沖縄県の旅行記 帰りの竹富東港旅客待合所。竹富島にいたのは2時間30...
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沖縄県の旅行記 海は静かで帰りの船も10分で石垣島に着きました。実は...
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沖縄県の旅行記 水牛車が帰ってきました。暑いので水牛もバテバテです。
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沖縄県の旅行記 水牛の名前は「さぶちゃん」です。水牛を後ろから見ると...
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沖縄県の旅行記 風が抜けて涼しい。
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沖縄県の旅行記 天井に歌詞が貼ってあります。
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沖縄県の旅行記 美女クマヤ生誕の地
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沖縄県の旅行記 世持御獄
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沖縄 ,21.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 旧海軍司令壕その2
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2017/02/07~" . 2017/02/07
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21.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 旧海軍司令壕その2

写真の枚数が50枚に達したので2話に分けて海軍壕公園旧海軍司令壕ビの様子を綴ります。 一通り見学の後は、目的の旧海軍司令壕を終えて、那覇市中心部に向かいます。
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沖縄県の旅行記 一方通行の順路に従い、旧海軍司令壕の中を進みます
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沖縄県の旅行記 大田實司令官の海軍次官に宛てた電文(口語訳を見つけた...
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沖縄県の旅行記 発電室入口
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沖縄県の旅行記 当時の発電機台
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沖縄県の旅行記 発電室
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沖縄県の旅行記 更に先に進みます
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沖縄県の旅行記 発電室入口
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沖縄県の旅行記 壕の公開はここまで
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沖縄県の旅行記 壕を掘った道具
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沖縄県の旅行記 壕掘り作業の様子
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沖縄県の旅行記 時計回りに回り込むように進みます
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沖縄県の旅行記 下士官室入口
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沖縄県の旅行記 当時の支柱
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沖縄県の旅行記 下士官室
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沖縄県の旅行記 下士官室の様子
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沖縄県の旅行記 下士官室の案内
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沖縄県の旅行記 細いトンネルを進みます
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沖縄県の旅行記 下士官室入口
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沖縄県の旅行記 下士官室
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沖縄県の旅行記 下士官室の様子
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沖縄県の旅行記 更に先に進みます
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沖縄県の旅行記 綺麗な壕の先の明かりは、何故か悲しい
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沖縄県の旅行記 出撃風景の様子
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沖縄県の旅行記 壕出口
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沖縄県の旅行記 壕出口をあとに、更に進みます
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沖縄県の旅行記 炊事場への通路入口
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沖縄県の旅行記 行止りになっていました
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沖縄県の旅行記 司令官室入口
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沖縄県の旅行記 先ほど見た場所の対角側に進みます
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沖縄県の旅行記 指令室の様子
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沖縄県の旅行記 菊花が供えられたテーブルが置かれた指令室
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沖縄県の旅行記 平和祈念 至心合掌と書かれた観音菩薩像
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沖縄県の旅行記 小禄(おろく)地区戦闘経過の案内
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沖縄県の旅行記 順路に従い進みます
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沖縄県の旅行記 米軍上陸全般図
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沖縄県の旅行記 沖縄線の写真展示
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沖縄県の旅行記 そろそろ終盤
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沖縄県の旅行記 出口に向かって進みます
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沖縄県の旅行記 長く感じる出口へのトンネル
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沖縄県の旅行記 短い間でしたが、濃密な時間を過ごし
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沖縄県の旅行記 現世界に出ます
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沖縄県の旅行記 海軍壕売店
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沖縄県の旅行記 こじんまりした土産物店
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沖縄県の旅行記 車を停めた、集いの広場駐車場に戻ります
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沖縄 ,20.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 ビジターセンター 内資料館その2 旧海軍司令壕その1
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2017/02/07~" . 2017/02/07
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

20.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 ビジターセンター 内資料館その2 旧海軍司令壕その1

写真の枚数が50枚に達したので2話に分けて海軍壕公園ビジターセンターの内資料館の様子を綴ります。 内資料館内を一通り見学の後は、目的の旧海軍司令壕を訪ね、現実の歴史の一端を、この目で見ようと思います。
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沖縄県の旅行記 海軍部隊が使用していた武器  手製の槍  ...
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沖縄県の旅行記 旧日本海軍関係の遺留品  注射器  体温...
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沖縄県の旅行記 住民の苦しみ 証言で綴る被害の実態  蛆が湧い...
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沖縄県の旅行記 往時の様子をリアルに伝えるパネルの展示
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沖縄県の旅行記 太田實司令官(海軍中将)の遺品
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沖縄県の旅行記 礼帽
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沖縄県の旅行記 扇子  名刺  講習会筆記
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沖縄県の旅行記 筆  グラス
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沖縄県の旅行記 2012年に67年ぶりに返還された少将旗の記事など
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沖縄県の旅行記 太田司令官の少将旗
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沖縄県の旅行記 内資料館の見学を終えて、旧海軍司令壕に向かいます
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沖縄県の旅行記 海洋画家 飯塚羚児(れいじ)作 戦艦大和
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沖縄県の旅行記 1/200 戦艦大和模型
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沖縄県の旅行記 戦艦大和の案内
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沖縄県の旅行記 参観券売所  参観券は ¥440?
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沖縄県の旅行記 壕入口
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沖縄県の旅行記 入るとすぐに円形の広間
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沖縄県の旅行記 天井も円形です
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沖縄県の旅行記 旧海軍司令壕見取図
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沖縄県の旅行記 千羽鶴が飾られた壕口
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沖縄県の旅行記 想像以上にしっかりした急な階段
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沖縄県の旅行記 入口から12.5m
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沖縄県の旅行記 更に降りると水平なトンネル
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沖縄県の旅行記 信号室
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沖縄県の旅行記 立入禁止の
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沖縄県の旅行記 内部は広く、甕にはお榊でしょうか、お供えされています
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沖縄県の旅行記 入口から20m
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沖縄県の旅行記 壕内見取図及び順路
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沖縄県の旅行記 順路に従い進みます
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沖縄県の旅行記 作戦室入口
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沖縄県の旅行記 真っ白く塗られた、広いアールの天井の作戦室
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沖縄県の旅行記 往時の作戦室の様子
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沖縄県の旅行記 当時の配電用碍子(がいし)
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沖縄県の旅行記 細くなったトンネルを先に進みます
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沖縄県の旅行記 白く塗られた、アールの天井の幕僚室
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沖縄県の旅行記 幕僚が手榴弾で自決した時の、破片のあとの案内
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沖縄県の旅行記 自決された時の手榴弾の弾痕
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沖縄県の旅行記 更に薄暗くなったトンネルを進みます
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沖縄県の旅行記 司令官室入口
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沖縄県の旅行記 今もテーブルが置かれた広いアールの天井の司令官室  ...
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沖縄県の旅行記 先ほど慰霊広場で軽口を叩いたからじゃないかと、ビビり...
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沖縄県の旅行記 暗号室入口
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沖縄県の旅行記 狭く暗いトンネルを進みます
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沖縄県の旅行記 広く岩盤むき出しの暗号室
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沖縄県の旅行記 狭く暗いトンネルを進みます
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沖縄県の旅行記 壕の本道に戻り順路に従い進みます
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沖縄県の旅行記 左側に間口が広い空間
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沖縄県の旅行記 医療室入口
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沖縄県の旅行記 実は医療室とは定かではないが、沢山の負傷兵がここに居...
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沖縄県の旅行記 往時の医療室の様子  写真の枚数が50枚に達し...
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沖縄 ,19.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 慰霊之塔 ビジターセンター 内資料館その1
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旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

19.プロ野球沖縄キャンプを訪ねる読谷2泊 海軍壕公園 慰霊之塔 ビジターセンター 内資料館その1

ルームサービスの朝食を楽しみ、沖縄残波岬ロイヤルホテルをチェックアウトを済ませ、阪神タイガース出待ちをした後は、最後の観光に向かいます。 選んだ先は那覇市中心部に近い海軍壕公園で、近いだけに今まで行ったことがない、初めて訪ねる場所です。
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沖縄県の旅行記 早目にホテルを出て、海軍壕公園に向かいます
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沖縄県の旅行記 那覇中心部と那覇空港の丁度中間の小高い丘に登り、突き...
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沖縄県の旅行記 旧海軍司令壕サービスセンター
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沖縄県の旅行記 係員の指示に従い車を停めて
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沖縄県の旅行記 慰霊広場に向かいます
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沖縄県の旅行記 無料の停めやすい駐車場
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沖縄県の旅行記 更に丘を登ると集いの広場駐車場
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沖縄県の旅行記 壕入口はありますが
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沖縄県の旅行記 参拝順路に従い
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沖縄県の旅行記 先ずは、慰霊之塔に向かいます
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沖縄県の旅行記 海軍戦没者慰霊之塔
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沖縄県の旅行記 献立者芳名
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沖縄県の旅行記 昭和33年海軍戦没者慰霊之塔建立発起人会によって建立...
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沖縄県の旅行記 仁愛之碑  大田實司令官が海軍次官に宛てた電文...
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沖縄県の旅行記 旧海軍司令部壕碑  大君の御はたのもとに死して...
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沖縄県の旅行記 錨が置かれた後ろの碑には参加部隊・参加艦艇名
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沖縄県の旅行記 慰霊之塔をお参りして
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沖縄県の旅行記 海軍壕公園ビジターセンターに向かいます
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沖縄県の旅行記 建物を周りに溶け込ませるため、突起を押さえガラス張り...
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沖縄県の旅行記 エントランス
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沖縄県の旅行記 風除室  開館は08:30?17:00
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沖縄県の旅行記 海軍壕公園ビジターセンターの案内
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沖縄県の旅行記 島の生き物を外来種から守れ
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沖縄県の旅行記 リュウキュウアオヘビ  草原などに住み、昼間に...
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沖縄県の旅行記 オキナワキノボリトカゲ  木の上の日陰を好み、...
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沖縄県の旅行記 アカマタ  夜行性で鳥などの小動物を食べます
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沖縄県の旅行記 オカヤドカリ  脱皮を繰り返して成長します
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沖縄県の旅行記 オキナワトカゲ  低地の茂みに住んでいます
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沖縄県の旅行記 オキナワヤモリ  夜行性ですが、昼間もよく見ら...
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沖縄県の旅行記 寒緋桜(かんひざくら)のサクランボウ 日本で一...
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沖縄県の旅行記 コスモス  海軍壕公園にもボランティアの手で植...
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沖縄県の旅行記 ビロウ(クバ)  扇や傘などに古くから加工され...
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沖縄県の旅行記 サンゴジュ  秋に熟した紅い果実がサンゴに似て...
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沖縄県の旅行記 オキナワキョウチクトウ 樹皮や葉、種子には毒が...
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沖縄県の旅行記 キョウチクトウ  花・葉・枝・根・果実などすべ...
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沖縄県の旅行記 職員が撮影したパネル展示
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沖縄県の旅行記 ハブに注意!
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沖縄県の旅行記 終戦直後のパネル展示
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沖縄県の旅行記 悲惨な様子を写したものもあって、とても接写出来ません
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沖縄県の旅行記 パネルの展示を見た後は、エントランスフロアーから下階...
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沖縄県の旅行記 千羽鶴
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沖縄県の旅行記 先ずは、ビジターセンター内資料館を訪ねます
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沖縄県の旅行記 入るとすぐ正面に、大田實司令官の写真とともに海軍次官...
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沖縄県の旅行記 内部の展示を見学します
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沖縄県の旅行記 旧日本海軍関係の遺留品
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沖縄県の旅行記 山田弘國中佐着用の帽子など
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沖縄県の旅行記 写真の枚数が50枚に達したのでその2に続きます
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沖縄県の旅行記 ガスマスクと吸収缶
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沖縄県の旅行記 米軍のガス攻撃に対する防御
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沖縄県の旅行記 将校軍服
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沖縄 ,≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之四?四日日:沖縄島南部を巡る一日編?
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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。
沖縄県の旅行時期
2017/06/23~" . 2017/06/24
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≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之四?四日日:沖縄島南部を巡る一日編?

≪2017.June≫あみんちゅ沖縄の一番長い日に触れる旅沖縄本島その弐之四?四日日:沖縄島南部を巡る一日編? 一年間の沈黙の期間を経て実現した今回の来沖。エアーチケットとレンタカー・常宿の手配は1月の半ばには済ませています。しかしその後『資格試験』や『合格祈願』、そして『お礼参り』に加えて『戦争を辿る旅』にかまけていた結果、6月初旬まで計画を見直すことすら出来ませんでした。結果いつもながらではありますが『Special No Planの旅』で出かけることにならざるを得ませんでした。そんな旅もはや4日目、今回の旅のメインイベントである『戦後72年目の慰霊の日』。沖縄県全土に於いて先の大戦で亡くなられた方々の慰霊の式典が行われる日になります。事前に慰霊祭が行われる『予定』を知ることが出来ればある程度行き先を決めて回ることができますが、多くの慰霊碑を管理する団体が、会員の高齢化を理由に慰霊祭の施工を取り止めている昨今、慰霊祭について事前に情報を得られなくなっている現実があります。沖縄県や各市町村は勿論その情報すら把握していないため、現地での情報収集が唯一の手段となっており、決して効率も良くありません。そのような背景もあり、口伝て情報で回るのであれば以前に訪れた実績によるしか方法はありません。 今年の6月23日に訪れた追悼式典や慰霊祭に関しては、速報という形で既に記述しました。そのためここでは『沖縄のいちばん長い日』の過ごし方について改めて思い返して書いています。あくまで『日記』としての内容ゆえ写真をただ載せているだけに過ぎませんので、あまり深い意味はありませんのでご了承下さい。 それでは今年の6月23日はどうなったのでしょうか・・・。当日の朝を迎えます。 平成29(2017)年6月23金曜日 みん宿ヤポネシア 09:30 《0.0km・0.0km・236.7km・0.0km/h》 ファミリーマート 09:33 《1.3km・1.3km・238.0km・26.0km/h》1.3 糸 満 米 須 店  09:52 三和郵便局 09:55  《1.7km・3.0km・239.7km・34.0km/h》3.0 10:00 高嶺郵便局 10:06 《3.7km・6.7km・246.4km・37.0km/h》6.7 10:12 兼城郵便局 10:31  《2.5km・9.2km・248.9km・7.9km/h》9.2 10:37 潮平郵便局 10:42 《2.9km・12.1km・251.8km・34.8km/h》 12.1 10:48 ファミリーマート11:05  《5.0km・17.1km・256.8km・17.6km/h》17.1 糸満西崎三丁目店11:16 沖縄銀行 11:19 《0.8km・17.9km・257.6km・16.0km/h》 17.9 西崎支店 11:32 農業試験センター 11:45 《6.3km・24.2km・263.9km・29.1km/h》 24.2 11:50 平和祈念公園 12:10 13:49 農業試験センター 14:10 14:19 白梅の塔 14:25 《2.2km・26.4km・266.1km・22.0km/h》 26.4 15:19 糸満郵便局 15:25  《2.5km・28.9km・268.6km・25.0km/h》28.9 15:32 糸満新里郵便局 15:36 《1.2km・30.1km・269.8km・18.0km/h》 30.1 15:48 糸満西崎郵便局 15:55  《1.8km・31.9km・271.6km・15.4m/h》31.メーター9 16:01 ローソン沖縄 16:14 《3.5km・35.4km・275.1km・16.2km/h》 35.4 水産高校前店 16:24 糸洲の壕 16:29  《2.0km・37.4km・277.1km・24.0km/h》37.4 16:34 第一外科壕跡 16:42  《3.6km・41.0km・280.7km・27.0km/h》41.0 16:50 ひめゆりの塔 16:52  《0.6km・41.6km・281.3km・18.0km/h》41.6 17:15 魂魄之塔 17:18  《1.4km・43.0km・282.7km・28.0km/h》43.0 17:33 ずゐせんの塔 17:36 《1.1km・44.1km・283.8km・22.0m/h》 44.1 17:41 ファミリーマート 17:44  《0.6km・44.7km・284.4km・12.0km/h》1747 糸 満 米 須 店   17:58 平和祈念公園 18:08 《2.4km・47.1km・286.8km・14.4km/h》 47.1-3.6 20:17 ファミリーマート 20:24 《3.6km・50.7km・290.4km・30.9km/h》 50.7 糸 満 米 須 店  20:35 みん宿ヤポネシア 20:38 《1.5km・52.2km・291.9km・30.0km/h》? 52.2 22:10 具志頭郵便局 22:18  《5.9km・58.1km・297.8km・44.3km/h》58.1 22:20 ローソン八重 22:22 《0.7km・58.8km・298.5km・21.0km/h》 58.8 瀬 玻名城 店 22:39 みん宿ヤポネシア 22:48 《5.7km・64.5km・304.2km・38.0km/h》 64.5 【宿泊】 みん宿ヤポネシア 《1泊2食付き禁煙ルーム 6,000円:直手配》 〒901-0334 沖縄県糸満市大度309-42 http://www.yaponesia.com/ TEL:098-997-2136 今年もこの日がやって来ました、6月23日。沖縄慰霊の日、以前沖縄の大学生にこの日の由来を尋ねた某新聞社の記事にあった『知らない』意見が過半数に上るとか…。沖縄の大学にどれだけの沖縄出身者がいるのかは知りませんが、この記事を書いた『記者』も事実を知らない情けないことが露見していました。昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、現摩文仁の丘の頂上から少し下った場所で、沖縄守備陸軍第32軍司令部の牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、沖縄戦に於ける日本軍の組織的な抵抗が終了した日とされています。しかしこの説には別解釈があり『6月22日』だったという意見もありました。その証拠に沖縄がまだアメリカの戦時統治下だった1961年に当時の琉球政府が『慰霊の日』を制定した際には『6月22日』をしています。その後1965年に『6月23日』に改められ、昭和49(1974)年に『沖縄県慰霊の日を定める条例』が定められ、沖縄県の条例下で『慰霊の日=6月23日』となって現在に至っています。 ただ現実に軍司令部の崩壊を信じずにそのまま『ゲリラ戦』を続けた部隊や兵士も数多く存在した『史実』もあり、昭和20(1945)年8月15日正午の『玉音放送』すら信じられていなかったこともあります。大隊レベルで陸軍第24師団第32連隊第1大隊(伊東孝一大隊長)は8月29日、同連隊第2大隊(志村常雄大隊長)は9月4日にそれぞれ武装解除しています。そして昭和20(1945)年9月2日には東京湾に於いて戦艦ミズーリ上で敗戦国全権として重光葵(しげみつ まもる)外相と梅津美治郎(うめづ よしじろう)参謀総長が降伏文書に署名これによって中央では大日本帝国の無条件降伏という結果で終了するも、昭和20(1945)年9月7日には嘉手納基地(旧越来村森根)に於いて、納見敏郎第28師団長、高田利貞独立混成第64旅団長、加藤唯男沖縄根拠地隊参謀長がJosepf Warren Stilwell米第10軍司令官との間で『南西諸島の全日本軍を代表して無条件降伏』が調印され、ここで初めて『南西諸島』に於ける戦闘の終結と解されるものも少なくありません。事実降伏文章への調印がなされた沖縄市では、平成5(1993)年に市町村で初めて条例により『沖縄市民平和の日』を制定しています。 アメリカ施政権下の琉球政府によって『住民の祝祭日に関する立法(1961年立法第85号)』に基づいて定められた『公休日』に端を発したものの、昭和47(1972)5月15日の沖縄の本土復帰に伴い日本の法律適用下で法的根拠はなくなりました。しかし昭和49(1974)年には沖縄県が条例により6月23日を慰霊の日として定め、その後平成2(1991)年に沖縄県及び沖縄県内の市町村が地方自治法に基づき各休日条例により慰霊の日をそれぞれの機関の休日と定めたことによって再び正式な休日となりました。そのためこれらの地方公共団体の役所やその設置する学校等は休日となっていることが現在に於ける『慰霊の日』の解釈となっているのですが、制定に纏わる適用される法律背景によっても即決できないものであることは理解できますが、これらのことを踏まえても『沖縄戦も於ける慰霊の日』の制定に関しては様々な解釈があり、決して『ひとつの事柄』によって決められるものではないということがわかります。 理由はなにもひとつにすることはないのではないかと思います。昭和49(1974)年の条例制定には『我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため(条例第1条)』とされており、この『願い』のもと行われているもの…と解釈するのが一番しっくりくるのではないか…そう思います。この条例制定に携わった沖縄本土返還時に『天皇陛下万歳三唱』をした初代沖縄県知事屋良朝苗氏にどのような想いがあったことまでは知りませんが…。 前置きが長くなりましたが『今日イチニチ』を始めることにします。おひとり宿替えがあり、代わりに泊まられる方も来られるということで今日も満員御礼。ほぼ固定のメンバーゆえ『この日』の過ごし方も大筋では一緒です。その中でも一番遅くに出発する私ですが、今年はお昼の『追悼式』以外はノープランです。食事を済ませて出発します。大度交差点を左折し、ファミリーマート糸満米須店へと向かうのは定番のコース。コーヒーとドリンクを仕入れて一服します。次いで少し歩いたところにある『米須簡易郵便局』に立ち寄って旅行貯金をして出発します。ここから走る『沖縄県道7号線』は、今なお主要道として君臨しているものではあれど、沖縄戦末期には敗走を続ける日本軍兵士や軍と行動を共にした民間人が南下するのに使った道であり、多くの慰霊碑が建立されている場所でもあります。そのことから慰霊碑が建立されている場所付近に車や人だかりがあれば『なにかをやっている』と読んで走って行きます。しかし三和・高嶺・兼城と熾烈な戦闘が行われたエリアにある郵便局を回りながら出会うことはありませんでした。そして糸満市街へと向かい潮平の郵便局への途中も残念ながらなかったようです。市街地ではそんな場当たり的には見つからないので、今日の『もうひとつ』の目的のため街中を走ることにします。それは『お年玉用2,000円札』の収集。知らない方もおられるかも知れませんが、平成12(2000)年に行われた『沖縄サミット』を祈念して作られた2,000円札。これを『お年玉』として10年程配っているのですが、さすがに地元ではもう手に入りません。電話をかけて電車や車で走って集めていたころもありましたが…既に『流通していない』とのこと。その後沖縄に入り浸るようになってからは、秋以降に行った際に必ず仕入れていたのですが…昨年は6月が最後となり、まさかその後行かないとは考えていなかったこともあり、まさかの状態になってしましました。それから1年が経ち運悪く6月23日は金曜日。ということは明日は金融機関は休み(泣)、ということもあり『ゆうちょ銀行』以外の銀行へと向かいます。しか?し時は流れるもの…『新札の2,000円札』のリクエストに『もうありません』と冷たいお返事。場所は糸満の金融エリア西崎地区でもそんなつれない返事が…。ただたまたま『沖縄銀行』で新札はないけれど、キレイなやつを探してみますね♪って言ってくれました(嬉)。観光客の我がままを聞いてくれた受付のお姉さんに感謝です!!ありがとう! しばらくの待ち時間になにげなくテレビを見ていたところ、沖縄以外では大ニュースになったことが放映されていました。麻央ちゃん逝去…。乳癌で闘病中っていっても…とは思っていたもののあまりにも早いその死に…なんとも言えなくなってしまいました…。戦没者慰霊のために訪れている沖縄でいうことではないのかも知れませんが、あのニュースは翌日の全国紙一面を塗り替えてしまうほど反響があったと思います。34歳って…若過ぎますよね…。でもその年齢まで生きられなかった多くの前途ある若者が70余年前に親兄弟、そして妻子を守るべくこの地沖縄で斃れた『史実』がより『鮮明』に思えたことだったのかも知れません。ご冥福を祈ります…。 手前味噌的に言われたのか『ほぼ新札の2,000円札』を手に入れ、時間を見るとちょっとオーバー気味。慌ててゆっくりシャトルバス乗り場である『沖縄県立農業試験センター』へと向かいます。ちょうど到着した時に入ってきたバスに乗ろうと駐車場を走ります。11:50の出発は平和祈念公園で追悼式が始まる時間。と言っても仕方がないのでエアコンの効いたバスの中で汗が引くのを待ち、12:00ちょうどには車内で黙とうを捧げ12:10に無事平和祈念公園に到着しました。ちなみに私は追悼式の『会場テント』の中には入りません。あくまでイチ観光客として『外野』での式典を取り巻く環境を観察しています。戦後70年には会場周辺に於いて来場者に向けての『デモ活動』が取りだたされ、沖縄で追悼式典とは『なにをするところなのか?』と大バッシングを受けたことがありました。そのこともあってか71年は大人しかったようですが今年は…となると必ずいます…。安倍さんが平和宣言を読み上げている最中に、子供達が集団で会場テント方向へと歩み寄り、その大もとに一人のおじぃがおりました。持論の反戦論を言うのはともかく、あんた今注目を引くのに『子供を使ったよね??』。おじぃの子供の頃ってなんでもかんでも子供を『ヤリ玉』にしていたのと違いますか?年齢幾許もない子供達が戦争に駆り出され、結果志半ばにして斃れていった…。あなた方の言う反戦論って『自分が生き抜くもの』のことを言っていいるんですかね?。そんな反戦論を未だに『素晴らしいこと』だなんて言っているから、ことあるごとに『有事対応』に奔走している今のご時世になっているんじゃないのかな? 文句を言うのは誰でもできる。しかしいま必要なのは有事を『起こさない』ようにするのが一番なんじゃないかな…そう思うけど。あんたも戦争には駆り出されないし、私も従軍することは先ずない。でも今動いた子供達にはその可能性があるんだよ。そんなこと位わかれよ?ボケ!!(以上私の本音でした…。) そうして追悼式は10分延長で終了し、次の目的地へと移動するためシャトルバス乗り場へとやって来ます。このシャトルバスは同じルートを往復しているようで、来るときは続けてくるようなのですが、来ない時は来ないような気がします。だいたい30分程は待ちようやく順番が来たようなのですが、ここに来て『お見合い状態』が発覚します。先に乗車できた者が奥から詰めて行けば定員乗車ができて効率良く出発できるものを、数人単位で座ってしまって奥が空いている状態。待つことは仕方がないのですが、やはり年寄りや子供もいるため、炎天下で闇雲に待ち時間を作ることは避けなければ…と思うのは私だけでしょうか?なんかバスに乗り込んでから奥に進まない人の行列に対しぷち?んときた瞬間、『空き席がなくなったら奥から補助席倒して下さい?(怒)!』と一言。ハイキング的に思って来ている人はぽか?んとしながら若僧の『ヒトコト』に従っていきます。補助席の倒し方を知らないおじぃおばぁには席を倒して、5分位立って行くよ?とほざいたおじぃには『観光バスは立ち席が認められません!』とヒトコト。さすがになにも言わなかった『運転士』も『玄人擬き』の乗客がいることに気付き、アナウンスで同じことを言っていました…。添乗員か私は…(汗)。 そんなこんなで無事出発し、もう少しで農業試験センターに到着するところで今度はバスがお見合いしてしまいました。レンタカーVS路線バスでも『よくこんな道通るな…』と思っていたところでまさかのシャトルバスの離合。も?下りて行って誘導しようかとも思いましたがそこまで出しゃばるのも…って思っていたらスイッチターンを決めこむ様子。さすがプロ♪と思っていたのは私だけのようで、のんきな乗客は『道間違えたんと違う…』なんて言ってました。 そして農業試験センターに到着し、ドライバーさんにお礼を言った後一服だけして次の目的地を目指します。なぜ農業試験センター車を停めるか…という理由でもあるのですが、ここが一番白梅の塔に近いからです。車に乗り込みまた急いだ安全運転で走り、白梅の塔に到着します。ただこの界隈には駐車車両が多々あり、上り車両優先優先の原則から白梅の塔に『向かう車両』が優先になっています。しかし相手はレンタカー、我先にと下りてきます。そうなると『悪魔の私』が本領発揮します。いわゆる『幅寄せ』です。一台止まればしめたもの、そのまま走って山形の塔を越えたあたりに車を停めて走って行きます。 71回目の白梅同窓会主催の慰霊祭、大きく変わるものではありませんが今年同窓会長の中山きくさんから重大な発表がありました。白梅同窓会主催の慰霊祭は今年で最後にするとのこと。来年からはサポートメンバー主体となって老若男女国籍問わず色々な考えを持つメンバーによって『討論』も含めた『開かれたもの』にして行きたいということでした。御年88歳の中山きくさん、白梅学徒隊の数少ない生き残りとして志半ばで斃れた同級生の分まで長生きして欲しいと思います。できれば私もサポートメンバーに入りたいとも思うのですが…。 最後に昨年同様校歌で締め、口パクで参加した後車に戻ろうとしたときにひとつ思い出したことがあって受付に戻ります。『鎮魂(ぬちしずめ)』という題の白梅学徒隊の足跡を辿り、昨年の慰霊祭で締めてあるDVDが発行されました。これは是非とも手に入れないとと思っていたのですが行程に押され忘れていました。ここで気付いたのもなんかの縁、無事入手することができました。ただ後から新聞等で紹介されているものでは同窓会の意向としては『一般発売はされない』ということが書かれていました。平和学習の資料として使われたいとのことですが、その貴重な一枚を私も何かに役立てたいと思います。 15:00を過ぎたので『慰霊祭後』に慰霊碑を訪れることに目的を変更し、16:00までは郵便局巡りをすることにします。糸満・糸満新里・糸満西崎の三局でタイムアウト。そして331号線を南下します。途中学徒慰霊碑のひとつである『翔洋碑』のことを思い出し、碑のある沖縄水産高校に立ち寄ります。しか?し今日6月23日は『お休み』であることをすっかり忘れており、あえなく締め出しとなってしまいました。後で調べると昨年は6月24日に行われているとのことでした…。それでは来年かな。 この辺りになるとナビを使うよりも記憶で走った方が確実なのでそうします。糸洲の壕、通称ウッガーガマ沖縄戦末期に陸軍第24師団第二野戦病院として使われた自然壕で『ふじ学徒隊(積徳学徒看護隊)』が勤務していたところでもあります。昨年訪れた時には壕の中にも普通に入れましたが、今年になって立ち入りが禁止され、壕入口に建立されていた『慰霊碑』が再建中だということを知りました。それを確認するために訪れたこともあるのですが…確かに噂は本当でした。壕入口には扉が作られ、立ち入り禁止と書かれています。そして慰霊碑はというと…形状は前のものに似せているもののその新しさはなにか浮いた感を覚えるものでした。付近の農地が整地されていることからなにかの開発が始まるのかも知れませんが、これも時代の流れなのかも知れません…。鎮魂之碑と鎮魂の碑、前者が第二野戦病院関係のもので後者は壕にいた民間人のご遺族が建立されたものだそうです。たまたま私が訪れていた際に、親族の方がお参りに来られました。挨拶は交わしたものの興味本位でお話を聞くのも悪いかと思いそのまま立ち去りましたが…。 そして再び国道331号線を南下して行きます。ひめゆりの塔手前で右折し、サトウキビ畑の中を走ること数秒で一本の慰霊碑に辿り着きます。『第一外科壕跡』の碑、ひめゆり学徒が南風原の陸軍病院を追われて南下し、伊原や糸洲の壕に分散して入った場所のひとつになります。どこの壕に入るかは『じゃんけん』で決めたとされる逸話が残っていますが、一番人気だった現ひめゆりの塔の場所にある『伊原第三外科壕』に入った学徒は、もっとも激しい攻撃を受け、多くの犠牲者を出したことは『ひめゆり平和祈念資料館』の展示にも書かれています。そんな結末が待っているとは思ってもいなかった学徒達のことを思うとやるせない気持ちになります。しかし第三外科壕を運良く逃げ出せた者が立ち寄ったこの第一外科壕も落ち着ける場所では既になく、米軍の執拗な攻撃の下で壕を出て、南への逃避行を続けなければならず、その道中に於いても多くの犠牲者を出しています。 ただこの第一外科壕にも『学徒隊』がいたことは『史実』に違いありません。第三外科壕に比べると数は少ないものの犠牲者は出ています。しかし伊原第三外科壕は観光客を含め平和学習でも利用されている上に慰霊祭も行われていますが、同時期に学徒がいた『伊原第一外科壕』や『糸洲第二外科壕』には訪れる方もほとんどおらず、荒れるがままになっています。三回目の再訪となった『伊原第一外科壕』ではありますが、一年間のブランクで土砂の流入が進んでいるように思えます。雨風に晒されて色あせてしまった『千羽鶴』が余計に哀愁を誘います。糸洲の第二外科壕跡のように時がの流れに埋もれていくのか…とも思います。個人のレベルではどうしようもないことなので、手を合わせて次の目的地へと向かいます。 車を走らせること数分、いつも車を停める『でいご』の駐車場にやってきました。そして向かった先は『ひめゆりの塔』。イレギュラーな時間での訪問が多い中、今日も17:00前の到着です。ひめゆり記念平和祈念資料館が閉まっているのはわかっていますが、それより慰霊碑の参拝が目的です。沖縄陸軍病院第三外科職員之碑・医療人之碑には多くの千羽鶴や花が手向けられていました。このふたつの慰霊碑に関しては、ひめゆりの塔敷地内ということもあり、少なくともどちらかが備えられていることは、慰霊碑によっては訪れる人もないことを危惧しているイチ観光客には安堵感を与えられる瞬間でもあるのですが、しかし今回に限っては何か違和感がありました。このエリアの中核となる『ひめゆりの塔』に献花がひとつもありません。このことは昨年も取り上げたことなのですが、ひめゆり平和祈念資料館の閉館後に軽トラで花束を回収している姿…。元々この花束は入口で参拝者が『お金』を支払って購入し献花をしているものです。勿論『生花』なのでリユースすることに異論はないものの、少なくとも『人がいないところ』で行うべきだと思います。目の前で撤収作業を見た挙句、翌年には何もない『献花台』の姿を見たときには…。この時の『無常感』はわかってもらえると思います。人目を憚らず与えられた仕事を決められた時間に行うという『事なかれ主義』的な沖縄の仕事の仕方は到底私は受け入れることはできません。考え方によっては一部で言われている『ひめゆりの塔』を『商売道具』としているという考えもこのあたりからでてきているように思ったりもします。手を合わせるものの邪念がどうしても残ってしまうので、その場を後にすることにします。 一旦車方向へと戻った後、車を通り過ぎて駐車場奥の慰霊碑へと向かいます。梯梧之塔、沖縄昭和高等女学校学徒の慰霊碑になります。ひめゆりの塔からわずかしか離れていないものの訪れる人は少なく、2ヶ月おきに来沖していた時には、しおれた献花や雨に打たれた千羽鶴を見ながらため息をついた記憶が残っています。しかし今日だけは違います。午後から慰霊祭があり、会場は片付けられるもののお供え物はそのままになっています。その献花の中に二人のお名前を発見しました。『八巻さん』と『長田さん』、昭和高女の設立者である『八巻太一校長』と沖縄野戦病院の見習士官であった『長田紀春元軍医』のご親戚だと思われます。今年がたまたまではなく例年もあったのかも知れませんが、その関係者による献花の存在に、人の繋がりの暖かさを感じました。 最後に花々に囲まれた梯梧之塔と写真を撮り、車を走らせた先は『魂魄之塔』。戦後沖縄県民が集められてできた『真和志村』。その村長は金城和信先生でした。金城氏ご夫妻の愛娘はひめゆり学徒隊員として従軍し戦死されています。その悲しみを背負って真和志村村長となり焼け野原になった沖縄の地を米軍の命令によって開墾し、農地化するべく村民を率いて荒れた土地を耕します。現米須霊域と呼ばれているこの場所は、沖縄戦末期に敗走を続ける日本軍兵士や住人が海から陸からの攻撃を受けて斃れたまま放置された場所でした。土地を耕すにあたり、付近一帯に散らばる遺骨の数々を集めて慰霊碑を作りたいと金城村長は米軍に申し出ますが、その慰霊碑が『反米感情の拠りどころ』となることを恐れた米分司令部はそれを許可しませんでした。しかし土地を掘り返す度に遺骨が出てくる状況下では開墾作業は進まず、結局許可せざるを得なくなりました。戦後統治下の沖縄でろくな資材もない状況下で、米軍払い下げのセメントなど僅かな物資を利用し、昭和21(1945)年2月27日にこの魂魄之塔が完成します。同時期に建立された『健児之塔』や『ひめゆり之塔』先駆けて作られたまさしく『沖縄の塔』と言っても過言ではありません。その後昭和54(1979)年2月に摩文仁の丘に『国立沖縄戦没者墓苑』が完成したときに、多くの遺骨は移されましたが、貧困にあえいでいるさなか住人の手によって国籍軍民問わず集められた遺骨を納めるべく建立された『魂魄之塔』は、今なお沖縄県民をはじめ沖縄で戦死された兵士の遺族の『心の拠り所』としてその存在感を放っているように思えます。慰霊の日当日に訪れたのは初めてですが、17:00過ぎという時間にも関わらず数多い参拝客がおられるのを見て改めてそう思いました。献花・千羽鶴・酒・飲み物・食べ物などが塔を取り囲むように隙間なく並べられていることからもその思いは募ります。 そして魂魄之塔斜め向かいの『沖縄菩提樹苑』、年に一回慰霊の日にのみ解放されるこの場所は、ブッダが悟りを開いたとされる『聖なる菩提樹』の分け木が植えられています。インドから2300年もの間持ち出された記録がないものですが、沖縄戦没者慰霊の意図を解したインドの高僧らの働き掛けもあり3本の分け木が平成17(2005)年に沖縄へとやって来ました。その後ブッダ涅槃の地クシナガラに於いて生誕に纏わる『無憂樹』と涅槃に纏わる『沙羅双樹』を取得し、更に平成19(2007)年5月には海洋博記念公園管理財団から別に無憂樹の分け木の寄贈を受けています。沙羅双樹は本土の露地栽培では育たないとされていたこともあり、ある程度成長してから植樹されました。現在ではハウスとなっている沖縄菩提樹苑ですが、以前は天井部が解放されていました。しかし沖縄特有の天候や、海に近いために受ける『塩害』、そして『カミキリムシの巣』が樹木内に作られたことにより気が弱ってしまったことなどを踏まえて今の形式になったようです。慰霊の日の当日に訪れることは一年来の願いでした。本来ならばその『聖なる菩提樹』自体に手を合わせることは間違っているのですが、つい流れで手を合わせてしまった自分には、そのありがたみを肌で感じたような気がしてなりませんでした。 車へと戻って今来た道を戻ります。そして米須(西)交差点手前で車を停めます。ずゐせん之塔、やはり沖縄戦に学徒看護隊要員として従軍された沖縄県立首里高等女学校の戦没者を祀った慰霊碑です。やはりこちらもひめゆり之塔からさほど離れていないにも関わらず梯梧之塔同様通常の日には訪れる方も少ない場所のひとつです。しかし慰霊の日の今日は多くの献花と千羽鶴が手向けられていることを確認することができます。私自身ちっぽけな人間なので、一人ではどうこうすることもできませんが、他力的に訪れる方が『絶対にいる』日であれば、その光景に安堵してしまいます。昨年同様今年もそうでした。慰霊に訪れた多くの人々の気持ちが天国におられる志半ばで斃れたすべての学徒の皆様に届いていることを信じ、私も手を合わせます。 この場所は路駐しかできないため、長居をすることができません。なので手を合わせるとすぐに出発します。行きに立ち寄ったファミリーマート糸満米須店に立ち寄ったあとそのまま平和祈念公園に向かいます。18:00では少し早いのですが、いくつかの『光』をテーマとしたイベントが行われるためそれを旅の締め括りにしようとやって来ました。ただ明るいうちはどうしようもないので、個人的に所縁の場所を回ります。祖父の名が刻まれた『平和の礎』、『栃木之塔』そして『沖縄戦没者墓苑』。栃木の塔にはそれ程のお供え物はありませんでしたが、礎と墓苑には多くの供物が手向けられていました。私自身一年ぶりに訪れたこともあり偉そうに言うことはできませんが、やはり訪れる人の多さがわかるものが確認できると安堵する気持ちは確かにありました。栃木の塔の石段を上り下りし、摩文仁の丘の坂道をてくてく歩き、息切れするかしないかのレベルで辿り着いている自分に気付き、禁煙とウォーキングをしないと…と改めて感じた私でした。 そして19:30を過ぎた頃に平和祈念公園へと戻り『光の祭典』を見学します。『命どぅ宝』の碑の向かいに今年3月に『全学徒隊の碑』が建立されました。それが初めての慰霊の日を迎えるということが話題となっているようで、なにかにつけてメディアが撮影をしています。各学徒隊の知名度の差や、戦没者遺族・同窓生の高齢化によって学徒隊の慰霊祭を執り行うことが困難になってきた昨今、戦禍に斃れた学徒隊やそれを構成していた少年少女のことを風化させないとの思いから、沖縄県に関係者からの働きかけがありそれが実を結んだ結果です。ただ依頼者と建立者の間には『意識的な隔たり』があり、全学徒隊の慰霊碑という意味合いを持っていたと書かれていましたが、沖縄県曰く『モニュメント』としての位置付けで建立し、特段慰霊祭を行うものではなしとの見解を示しています。この『碑』の存在によって『学徒はひとつではなかった』という『史実』を訪れるものすべてが理解するならばそれはそれで良いようにも思えますが、実際そこまでの結果を残せるのかは正直疑問も残ります。多くの願いがあった『全学徒隊の碑』ゆえそれに対しいちゃもんをつけることはしませんが、その目的を恒久に伝える『役目』を果たして貰いたいと願うのみでした。 後夜祭に於ける光の祭典は、『平和の光の柱』・『灯篭流し』『ペットボトルキャンドル点灯』の3つになります。平和の礎手前の池で行われる『灯籠流し流し』は、沖縄県では珍しいものでもあります。灯籠に願い事を書いて池へと流す一連の作業、そして池にぷかぷかと浮かぶ灯籠ひとつひとつに平和への願いが込められています。そして平和の礎の平和の広場では、『平和の火』を取り囲むように5本の『平和の光の柱』が摩文仁上空を照らしています。日本・アメリカ・イギリス・朝鮮半島・台湾の5ヶ国5地域の戦没者を表した神秘的な光の柱というのが主催の沖縄県平和祈念財団の発表です。ただなにも考えずに見るのであればいいのですが、余計なことを考えてしまうとなんでもが良いように思えなくなってきます。今年は雲があったため下から見てもすぐにわかる状態になっていましたが、例年だと夜空に向かって光の柱がただ伸びているとしか見えないことが多いです。そういったこともあり今年はラッキーかも…と考えていると意外な反論にであいました。戦時中に船舶に乗り組んでいた『元兵士』の方々は、この景色を見て戦時中を思い出さないかというものです。沖縄県に於いては『軍に纏わる資料館』がないため、直接その話題に触れることもないのですが、本土ではそのことを裏付ける資料が展示されています。70余年前船舶に於ける夜戦は『探照灯』を用いた戦いが主流でした。その明るく大きくの探照灯を髣髴させるものであって、ご自分が体験された『海での夜戦』と被るものがあるのではないかという考えでした。確かに『見た目』はそうなのかも知れません。しかし『大もと』が違うのではないでしょうか。戦時中に使われたものは『タングステン光』つまり暖色系の色をしていたものになりますが、この『平和の光の柱』に使われているのは『白色光』です。光の色が違うと受ける印象も大きく異なるため、それは言いがかりに近いように思えます。勿論当事者からそのような申し出が出るのであればともかく、付け焼刃の知識でそのように解釈してしまうのは、『無知』を曝け出しているのに過ぎないのではないでしょうか。あくまでこの『平和の光の柱』は沖縄戦で戦没した所縁の国々の兵士・軍属・民間人の慰霊の意味を込めてと謳っている以上、余計な口出しをする必要がないと私は思いました。 慰霊の日の後夜祭も見学をすることができました。通路に並ぶ『ペットボトルキャンドル』は、毎年意図的なものを含めて倒してしまい、火が消えているものが多く見受けられるものの、その対処はされずに次の年にまた同じように行われています。ただ『光』に拘る『慰霊の日後夜祭』の意図には、戦時中に飛び交う砲弾を避け、敵兵に見つからないようにするため真っ暗な壕の中に潜んでいた多くの人々の御霊を慰霊していることは容易にわかることなので、現実の運営に関してはともかく意図として私は受け止めているのが本音です。それも20:00を過ぎると西に位置する沖縄も夜の帳に覆われます。年々滞在時間が短くなってきているこの沖縄県営平和祈念公園ではあるものの、今年も前夜祭込みで回ることができました。 そして車へと戻って走り出し、いつものファミリーマート糸満米須店で飲み物購入と一服し、宿泊先へと戻ります。20:38という時間は本日の宿泊者の最後ではありましたがいつものことです。食事を済ませ明日はもう帰るしかない今日、荷物を纏めているうちに今日一日分の撮影したフィルムを送付していなかったことに気付きます。みん宿ヤポネシア近くのポストは小さいこともあり、A4サイズの封筒ならば折り曲げなければいけないかもという危惧もあり、ちょっと車を走らせて昨晩同様隣町の具志頭郵便局のポストへと向かいます。南風原郵便局の集配の方が早いのは早いのでそちらを選択していますが、さすがに旅四日目体力も限界に近付いていることも感じており、宿へと戻ったらシャワーを浴びるとすぐベットに入ります。色々な思い出や明日どこへ行こうか…等の思いは走馬灯のように出てくるのですがもうそれを考える余裕もありません。気がついたらやはり寝ていました。そんな感じで四日目の夜は更けて行き、いよいよ淡海之国へと帰る日を迎えます…。zzz   《次編へ続く》
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沖縄県の旅行記 お疲れモードのたかティムさん。
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沖縄 ,第二十五章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?ふじ学徒看護隊(積徳高等女学校)の足跡を訪ねて?
沖縄県の地域
沖縄
沖縄県への旅行者
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。
沖縄県の旅行時期
2016/03/01~" . 2016/06/23
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

第二十五章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?ふじ学徒看護隊(積徳高等女学校)の足跡を訪ねて?

第二十五章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?ふじ学徒看護隊(積徳高等女学校)の足跡を訪ねて? 最も熾烈な地上戦が行われた沖縄の地で、年端も行かない少年少女が学徒隊として動員され、多くの犠牲者を出したことはなにがしらの話で聞くことはあると思います。しかし学徒隊=ひめゆり学徒隊(部隊)という先入観があまりにも大きくなってしまっており、またその関連史跡を訪ねる時に漠然とした目的のない平和学習の結果、誤った事実が当たり前になっているのではないでしょうか? ひめゆり学徒隊というのは沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒により構成された学徒看護隊のことを指し、一高女の学校広報誌の名前?乙姫?と沖縄師範学校女子部の学校広報誌の名前?白百合?を併せて?ひめゆり?とした戦後の命名に由来するという説からきています。その他にも学徒隊は構成され女子が15?19歳、男子が14?19歳までが学徒動員され、20もの学徒隊が作られました。しかし残念なことに生き残られた学徒の方々が非常に少なく、規模の小さな学校で構成された学徒に至っては情報が少なく、その存在すら知られていないものが多々あります。個々の史跡で追いかけるよりも学徒隊の動きでその足跡を追い掛け、少しでも検証できればと思い書き始めました。 初回は私立積徳高等女学校の生徒による学徒隊であった?ふじ学徒看護隊(積徳学徒看護隊)?の足跡を追ってみようと思います。 まずは私立積徳高等女学校の歴史ですが・・・。 1918(大正7)年 私立家政女学校(大典寺の庫裏を教室として始められる)本科3年、別科1年 1930(昭和5)年 高等女学校になる(四年制、生徒数200名超) 1932(昭和7)年 美栄橋に移転 1943(昭和18)年 沖縄積徳高等女学校と校名を改める 昭和19(1944)年10月10日 十・十空襲で校舎全焼。その後ほとんどの授業が停止され、全校あげて垣花、天久、識名などの高射砲陣地構築や国場での戦車壕掘り作業に従事するようになる。 昭和20(1945)年2?3月 4年生55名が看護教育を受けるようになり、東風平国民学校にあった第2野戦病院壕で実習訓練を受ける。 昭和20(1945)年3月 沖縄戦の開戦が避けられない状況となり、実習は打ち切り。生徒達は学徒看護隊として豊見城城跡にあった第24師団第二野戦病院本部壕に55人中25名が入隊し、その日から負傷兵の看護に当たった。その際卒業式は中止になっている。 昭和20(1945)年5月27日 戦況の悪化に伴い糸洲の自然壕に移動命令が出される。 昭和20(1945)年6月17日 米軍の馬乗り攻撃を受け、壕内の患者に犠牲者が出る。  昭和20(1945)年6月27日 第二野戦病院長小池勇助少佐が、野戦病院を解散させる。その際学徒隊ひとりひとりに労いの言葉をかけた。 昭和20(1945)年7月2日 米軍が掃討作戦終了を宣言する。 昭和20(1945)年9月7日 嘉手納基地内での降伏文章への調印によって沖縄戦が正式に終了する。 戦後 積徳高等女学校は復興されず廃校となる。 平成12(2000)年 積徳高等女学校関連の戦没者職員5、同窓生44人、学徒23、計72名が合祀された慰霊碑が、設立者大典寺境内に建立される。 国道331号線バイパスを空港から糸満市街へと向かう途中、左手に看板があります。糸洲の壕(ウッカーガマ)と呼ばれるこの自然壕は、豊見城城跡にあった第24師団第二野戦病院が、第32軍司令部の南部撤退命令を受けて、昭和(1945)20年5月27日にこの地に移動して来ました。第24師団第二野戦病院には私立積徳女学校生徒から構成された?ふじ学徒看護隊?25名が配属となっており部隊に行動をともにしています。 水が豊富に湧き出ていた場所だったため、炊事などには困らなかったものの壕内は常に湿っており、学徒隊の足袋は乾くことがなかったという証言が多くあります。しかし敗戦を免れなくなった昭和20(1945)年6月17日に最初の馬乗り攻撃を受け、学徒をはじめとする人々は壕の奥へと移動します。しかし戦況は既にどうしようもないところまで来ており、行動をともにしてきた衛生兵も斬り込み隊に任命され、夜襲をかけたものの戻ってくることはありませんでした。衛生兵が減った分の仕事は学徒隊に回ってきたという証言も残っています。 この時期になって第32軍司令部より他の学徒隊同様?解散命令?が出されます。砲弾が飛び交う戦地での解散命令は=死を意味するものでした。事実他の学徒隊の戦没者のほとんどがこの解散命令発令後に出ているのは周知の事実です。連絡網の状況によるものなのか、解散命令が出されている日にちは6月17?19日と記録されているものが多い中、このふじ学徒隊に出されたのは6月26日のことでした。この約1週間の解散命令の?ずれ?はなにを意味するのか…。それが結果的に学徒隊の犠牲者を最小限に食い止めた部隊長の判断によるものだということはあまり知られていないことです。第24師団第二野戦病院院長小池勇助軍医少佐、長野県佐久市のご出身で地元中込駅前で眼科の開業医をされておられたそうです。3回目の招集で沖縄に来られた小池隊長は他の部隊とほぼ時期を同じくして受け取った解散命令を、この状況で出すことは危険極まりないとの判断で軍命を握り潰し、壕内に残る選択肢を取ったようです。そして6月26日には第32軍の牛島司令官と長参謀長の自決の報を受け取り、日本軍の組織的抵抗の終焉を知った上で解散命令を出します。 学徒隊の前で最後の訓示をした小池隊長は、「日本は敗けました。もし負け戦になるとわかっていれば、あなた達を預かりませんでした。親御さん達に本当に申し訳ない」と深々と頭を下げられたそうです。しかし鬼畜米英の教育を受けた学徒達もそう簡単には引き下がりません。捕虜になるくらいならば自決を選ぶと最後まで隊長をはじめとする野戦病院と行動をともにしたいと食い下がります。そこで小池隊長は静かに語り掛けたそうです。 「捕虜になるのは恥ではありません。本当の恥は死ぬことです。なので決して死んではいけない。必ず生きて家族の元に帰り、この凄惨な戦争の最後を後世の国民に伝えて下さい」と。小池隊長は泣きじゃくる学徒達とひとりひとり握手をして、壕から送り出したそうです。 数人のグループで行動して逃げるように指示は出されていたものの、中には団体行動から外れる恐怖に苛まれ、壕付近に留まるものもいたそうです。まだ米軍による掃討作戦が終了していない中、ビラや拡声器による投降を促していた時期でもあるため、その生徒は米軍を通り過ごしてからばらまかれていた?タバコ?を拾い、小池隊長に渡そうと病院壕へと入ったところ、変わり果てた小池隊長の姿を発見します。青酸カリによる服毒自殺だったとされています。 結果としてふじ学徒25名のうち戦死者は3名(1名は戦後自死)という動員された学徒隊の中で最も少ない犠牲者だったことがわかります。戦死者数の多い少ないで語れる話ではありませんが、適切な判断がなされていれば犠牲者がこれ程多くはならなかったのではという仮説が出てきます。 「命を大切に」と言った小池隊長がなぜ死を選んだのか。本人が亡くなっているため推測の域ではあるものの、やはり小池隊長も軍人だったということだと思います。軍命とはいえ医者の本分である?治療?が出来ず、多くの兵士の命を救えなかった…。そして撤退に纏わる移動に於いて、重症患者を置き去りにしなければいけなかった…。それも僅かな食料と手榴弾という?生?とは全く逆のものを残してやらなければならなかった。沖縄戦において命の尊さを説いた数少ない軍人であった小池勇助隊長だったが故に医者としての仕事と現実の葛藤に悩んでいたことは容易に想像がつきます。非常識な言い方ですがもし学徒を含めた犠牲者が大変多かったなら、自分自身で生き長らえて後世へ伝えなければならないという?義務感?は持っておられたに違いないと思います。しかし近隣で多くの犠牲者を出していた学徒隊に比べると、ふじ学徒の犠牲者は少なかった…。戦争を起こした訳ではないにしろ、隊長として陸軍病院を引率した責任者には違いない…そのため最後に自分自身の進退を決められたのではないかと思います。 ふじ学徒隊の慰霊碑は戦争でなくなってしまった学び舎があった付近那覇市松山の大典寺境内にあります。小池隊長のお墓は地元野沢の本覚寺に建立されており、回忌法要には積徳高等女学校のふじ学徒隊メンバーが訪れ、命の恩人との繋がりを今なお続けておられます。 十把一絡げに軍が悪いという表現が多々見られる中、軍を構成する軍人までをも悪人と決めつけられている風潮があります。軍人とは言え一人の人間、その中には?戦争?という時代の流れに翻弄されながらも、必死に命の尊さを説き続けた方もおられることを忘れてはならないと思います。 もうひとつまた小池院長の部下として行動を共にされた島尾二中尉。やはり医者としての心を忘れなかった軍医の一人です。第24師団第二野戦病院の移動の時、小池院長は自力で動くことのできない重症兵の?始末?を命じられるものの、枕元には青酸カリではなく乾パンと手榴弾を残していったそうです。ならば命令無視か?ということにはなるものの、部下の島尾中尉のしたことに肯定も否定もしなかった小池院長の姿が、生存者の手記に記されています。立場的に命令無視を認めることはできなくても、人の気持ちを忘れない小池院長と部下の島尾中尉。その二人の心の中には通うものがあったのではと思えてなりません。最終的に小池勇助軍医中佐は自決されました。しかし島尾二中尉は生き残られふじ学徒生存者の方々とともに、豊見城城跡公園にある旧陸軍第24師団第二野戦病院患者合祀碑の建立に尽力されたそうです。しかし現在豊見城城跡公園は閉鎖中で、この第二野戦病院跡を訪れることはできません。もう結構な期間閉鎖されているのでなんとか再開して欲しいとは思うのですが…。 最後に小池勇助軍医中佐辞世の詩を紹介します。 南の孤島の果てまで守りきて      御盾となりゆく吾を    沖のかもめの翼にのせて        黒潮の彼方の吾妹に告げん 【平成28(2016)年6月23日木曜日追記】 現在空手道場の建設が進む旧豊見城城址公園ですが、慰霊の碑には特例として参拝を認めているとの情報を得ました。しかし公式な情報という訳ではなく、あくまでもwebに書かれている情報のため、事前に確認することもできませんでした。ならば行って確認するしかないので、旧豊見城城址公園入口付近をよく見ながら車を進めると、どうやらそれらしき記述を発見し、表記通りに進みます。舗装路は拝所で止められていますが、広場からは進むことができ、それらしき場所まで歩いて行くと・・・、ありました。第24師団第二野戦病院患者合祀碑が。昭和57(1982)年に島尾ニ軍医やふじ学徒看護隊の生存者の手によって建立された慰霊碑です。島尾軍医はこの碑の建立を心待ちにされていたそうですが、願い叶わず亡くなられたそうです。 慰霊碑に手を合わせ、確かこの碑の下に野戦病院壕があるという記憶に従い歩いて行くと・・・、見つけました。しかし以前のように標識がある訳でもなく、ただ入口を塞ぐようにしているものが妙に違和感を感じさせるものであり、慰霊碑との位置関係をGPSで確認したところ間違いないという結論に至りました。 10年以上もの間放置されており、一見するだけでも落盤の危険性を感じるものゆえ、入口にて手を合わせ、カメラを壕内に入れてカメラに収めました。元々復元壕だったため、戦中をそのまま残している訳ではありませんが、ふじ学徒看護隊が籠ったひとつの壕として早急な対策の必要性を感じました。 第24師団第二野戦病院はこの豊見城城址の後南部へと撤退し、糸洲の壕へと向かったあとその地で学徒看護隊の解散命令を受けることになります。他の学徒看護隊に対する解散命令が、第32軍司令官自決の直前に出されていることに対し、積徳高等女学校学徒看護隊は部隊長小池勇助軍医中佐の独断で命令を先送りし、6月26日に出したことにより多くの学徒隊員の命が助かっている事実は先述した通りです。 この第24師団第二野戦病院と積徳高等女学校学徒看護隊の足取りを辿るものは、現在私が把握しているものではこれですべてです。?第二十五章あみんちゅ戦争を学ぶ旅?ふじ学徒看護隊(積徳高等女学校)の足跡を訪ねて??はこれにて終わります。 《平成29年6月23日追記》 本年春頃に?糸洲の壕?隣にある?鎮魂之碑?が建て替え工事中だったことを知り、確認のため訪れました。1年前には畑が広がっていたエリアは更地化され、慰霊之碑は既に新しいものに建て替えられていました。しかし壕入口には『立入禁止』と書かれた柵が建てられており、自由には中には入れなくなっています。 追記?:平成28(2016)年3月1日 追記?:平成28(2016)年4月16日 追記?:平成28(2016)年6月23日 追記?:平成29(2016)年6月23日
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沖縄 ,沖縄の一番長い日を辿る旅?第72回全戦没者追悼式と慰霊の日:平成29(2017)年6月23日金曜日?
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沖縄県の旅行時期
2017/06/23~" . 2017/06/23
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

沖縄の一番長い日を辿る旅?第72回全戦没者追悼式と慰霊の日:平成29(2017)年6月23日金曜日?

例年6月23日に沖縄県糸満市の沖縄県営平和記念公園で挙行される?沖縄戦全戦没者追悼式?式典。戦後72年となった今年も訪れることができました。 3回目となった?戦後72年沖縄戦全戦没者追悼式?には、午前中に野暮用を済ませてから向かったこともあり、開演には間に合わず正午の黙祷はシャトルバスの車内で行うことになりました。それから会場入りし式典を見学するも、例年に比べ式典会場が広く取られていたこともあり、結構見辛い場所にしか陣取れません。プログラムそのものは変わり映えがなく、流れるプログラムに耳を傾けていました。 来賓の平和宣言も翁長沖縄県知事・安倍首相の的外れではないにしろ、建設的な内容とは到底思えないものでした。その安倍首相の平和宣言の最中にちょっとした事件が起こります。私の立ち位置から少し離れた場所に於いて、戦争を経験しただろうおじいが声を張り上げます。これはメディアでも取り上げられていたので既に知られていることかも知れません。戦後生まれの私には理解できるものだとは到底思えませんが、この出来事には少し違和感を感じました。 式典の進行を妨げるものという判断はされるものではないにしろ、このシュプレヒコールには?前座?がありました。それまで緑地帯に座っていた数十人の子供達が申し合わせたように急に会場に近付き、それによって周りの目が安倍さんからそちらに移った後に行われたもの。言っている内容はともかくどう考えても?作為的?にしか思わない出来事でした。その後式典の進行とは別にインタビューを受けていたおじいですが、正直?これで良いのか??と疑問にしか思えませんでした。 沖縄戦を経験しその悲惨さを伝えることが年々難しくなっている中でのこの一件、わからないでもない出来事ではありました。しかし私が許せないのは子供達を使った?演出?のことについてです。沖縄戦の凄惨さを物語る出来事として、窮地に追い込まれた大人が子供を手に掛けた事実があります。自発的なものではないにしろ結果としては事実です。そのことがダブってしまうことが私がそう思った理由でもあります。 子供を守れなかった?史実?がわかっていながら利用した今回の出来事には憤りすら感じずにはいられません。そんな残念な一幕があった本年の?沖縄戦全戦没者追悼式?の式典でした。 平和祈念公園での式典の後、即座に場所を変えて?白梅之塔?へと向かいます。 第71回白梅之塔追悼式典。学徒看護隊として従軍を余儀なくされ戦没された沖縄県立第二高等女学校生徒の追悼を目的としていますが、21校あった学徒隊のうち高齢化が進んだことによってほとんどの追悼式典が遺族や同窓生が直接的に関与を取りやめる時代に於いて、唯一同窓会が直接挙行されている慰霊式典でもあります。白梅学徒を知る人に知らない人はいない位有名な中山きく氏御年88歳。16歳の時に白梅学徒として従軍され、数少ない?生き残られた?おひとりで、現在白梅同窓会長を務められておられます。同じく同窓会副会長を務められている武村豊氏御年88歳、その他元白梅学徒隊の皆様がお元気にされておられるお姿を見に行くことが、私の白梅学徒慰霊祭を訪れる?ひとつの理由?でもあります。71回目の今回、ついに中山会長より重大な発表がありました。 『今のような儀式にせず、もっと若者中心にやってほしい』と。つまり同窓会員の高齢化に伴うことに加えて、慰霊祭そのものの『具体化』を取り入れるとのお考えにより、本年を持って同窓会主催の慰霊祭は終了とし、来年からは学徒隊に関心を持ってくれる人たちとの?平和を願う集い?として開きたいというものでした。慰霊祭が儀式化していることは確かに否めませんが、やはり?伝承?を考えることは必要不可欠なものに違いありません。一方的に大人の感情や考えを子供達に?押し付ける?のではなく、討論会的なものにするのであれば、ここが持つ考えは例え違っても思う気持ちが?同じ?であることは、付け焼刃の平和主義とは違う建設的なもののように思えます。 一昨年・昨年と3度目の慰霊の日となったこともあり、今年を最後に考えていた思いはありました。しかし色々な意味で?沖縄戦?を後世に伝えるやり方が大きく変わりつつあることを知りました。慰霊の日に纏わる?追悼式?の情報は、事前にわかるものが少ないため、来沖してから情報収集に走らなければならないため、効率が悪いことも指摘はされています。 内地から徴兵され沖縄の地で戦死した兵士、そして住む場所が戦場となり若くして学徒隊として従軍され亡くなった少年少女。そして戦争に巻き込まれて亡くなった沖縄の人々。置かれる立場は違えど、多くの考えは一緒だったのではないでしょうか?そんな思いを強く感じた平成29(2017)年6月23日金曜日の慰霊の日でした。
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沖縄県の旅行記 6月23日慰霊の日当日は、例年のようにシャトルバスで...
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沖縄県の旅行記 翁長雄志沖縄県知事はいつもの抽象的で解りづらい内容の...
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沖縄県の旅行記 そして安倍首相の平和宣言の最中に事件が起こります。
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沖縄県の旅行記 私のすぐそばで異論を唱えたおじい一名。しか?し言い方...
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沖縄県の旅行記 12:59にいつものごとく10分延長して式典が終わり...
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沖縄県の旅行記 インタビューを受ける上原愛音さん。沖縄の可愛い女の子...
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沖縄県の旅行記 一般焼香を待つ人の群れ。結構な数です。
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沖縄県の旅行記 徐々に祭壇へと近付いて行きます。
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沖縄県の旅行記 あと3人位の位置が全体を見通せる限界です。
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沖縄県の旅行記 それではお焼香をさせて頂きます。
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沖縄県の旅行記 駐車場の農業試験センターを経由し、白梅之塔へとやって...
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沖縄県の旅行記 同窓会長中山きくさんの挨拶。
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沖縄県の旅行記 鎮魂歌が歌われています。
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沖縄県の旅行記 前日6月22日夜の追悼式前夜祭の模様ですが、例年とは...
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沖縄県の旅行記 6月22日夜の平和の灯火と平和祈念堂。
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沖縄県の旅行記 白梅同窓会、会長の中山きくさんと副会長の武村豊さん。
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沖縄県の旅行記 武村豊さん。
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沖縄県の旅行記 白梅同窓会長中山きくさんから、同窓会主催の慰霊祭は今...
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沖縄県の旅行記 都道府県別慰霊塔の沖縄版とも言える慰霊碑には、多くの...
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沖縄県の旅行記 魂魄之塔へとやって来ました。
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沖縄県の旅行記 再び沖縄県営平和祈念公園へと戻り、栃木之塔へお参りを...
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沖縄県の旅行記 今年3月に建立された全学徒隊の碑。 学徒隊の生...
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沖縄県の旅行記 次に沖縄戦没者墓苑へとやって来ました。
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沖縄県の旅行記 沖縄戦没者墓苑全景。 多くの花や供物が備えられ...
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沖縄県の旅行記 6月23日の夜にも平和の灯火の祭典があります。
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沖縄県の旅行記 平和の灯火。
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沖縄県の旅行記 メイン通路は平和の礎、沖縄県と他府県のものの間に並べ...
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沖縄県の旅行記 今日の沖縄は雲が多かったこともあり、その光の柱がよく...
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沖縄 ,≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之??戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列:3日目?
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2015/06/21~" . 2015/06/24
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≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之??戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列:3日目?

≪戦後70年沖縄全全戦没者追悼式典 祭壇の様子≫ なにも考えずにただ南の島へとやって来て、ぼ?っと時間を過ごすことに始まった沖縄の旅ですが、いつの間にか11回目になりました。中でも一昨年9月に?初石垣?を経験してからは実に1年9ヶ月の間に7回目になります。 いつもは?日にち重視パターン?というより?値段重視?なので、LCCのバーゲンを見つけては手配した後に休みを取るパターンでした。しかし今回は初めて?日にち重視?でまず?宿手配?から始まった沖縄の旅、目的はかねてより一度参列してみたいと思っていた6月23日の?沖縄慰霊の日?に沖縄県営平和祈念公園で執り行われる?戦没者追悼式典?、そして前日夜から始まる?沖縄の最も長い一日?に触れることにありました。 今回はいつもの?沖縄時間?を過ごすこととは目的が異なるため、手配状況によっては旅行会社のフリープランを使うことも考えていました。しかしたまたま1月にJet Starのバーゲンにて?この日?を含む日程でチケットが手配できたため、結局プラン二ングの段階では従来となんら変わらないものにはなっています。ただ内容がかなり?違った?ものになるため、展開を変えています。 この章?≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之??戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列:3日目??では、戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列に始まり?沖縄のもっとも長い一日?を過ごしたことについて書いています。 【2015年6月23日火曜日】 糸満市大度 10:26 沖縄晴明の丘公園 10:48 3.6km          11:00 沖縄県営平和祈念公園 11:20 ?戦後70年沖縄全戦没者追悼式典?参列。   11:50?12:59 沖縄県営平和記念公園14:41(並び始めは14:00) 沖縄晴明の丘公園 14:45          15:09 沖縄師範健児之塔 15:13 4.7km          15:44 沖縄県営平和祈念公園 15:57 6.0km            19:56 糸満市大度 20:16// 10.5km【ADD:193.0km】 今回の旅3日目にして?最大の目的?である?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?の日を迎えました。沖縄県の条例で定められている?休日?である6月23日ですが、戦後70年の節目の年でもあり、朝から多くの場所で?慰霊式典?が行われています。ひとつでも多く参列したい気持ちはあれど、なかなか気持ちがついて行きません(泣)。沖縄県営平和祈念公園の?追悼式?は沖縄県の公式行事として?概要?が発表されていましたが、その他は?準非公式?の扱いのようでした。?準非公式?というとあまり聞こえがよくないように思われるのかも知れませんが、慰霊碑を管理されておられる個々の?組織?単位にて?追悼式?を挙行されているため、?情報を発信する?ことまではされておられないようでした。米須霊域の?魂魄之塔?は12:30?(同宿者さんからの情報)、?健児之塔?は10:00?(現地調査)というところは確認しました。 朝食を済ませ、11:50から始まる?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?に参加するために宿を出発します。大度からだと平和祈念公園へは右折するとすぐですが、飲み物を購入するため?ファミリーマート糸満米須店?へと向かいます。国道331号線へと入ってすぐ対向側に?横断幕?を持った一団が見えてきます。これが9:00に糸満小学校を出発し、平和祈念公園まで歩く?平和祈願慰霊大行進?の一団ですが…、警察車両の護衛はなしのようです。一般財団法人沖縄県遺族連合会の主催で行われているものですが、遺族そのものの高齢化に伴い、その?関係者?が主になっているようです。しかしこの?慰霊の日?は毎年?天気が良い?と言われています。今年も例に漏れず、?炎天下?での行進は思いの外?重労働?のように見えました。実はヘタレの私も参加を考えましたが、糸満小学校から沖縄県営平和祈念公園まで10.3kmと、結構な距離を歩く自信がなく諦めました。まあ半分強の距離である糸満市米須で、かなり長い列にはなっていましたが、?大声?を上げる訳でもなく黙々と歩く姿には賛同はできますが、かと言っていつ来るかわからない?最後尾?まで見ることは、時間的に無理でしたが…。 行進団は?赤信号OK?なので、タイミングよく出て行かないと?道路?にすら出られません。そこは十分注意を払って出発し、?駐車場兼シャトルバス乗場?である?沖縄晴明の丘公園?へと到着します。?沖縄晴明の丘公園?というと?海の見える公園?の名前のような印象を受けますが、?霊園?でした。公式情報で書かれていた?県庁?と?豊崎臨海公園?の他、?晴明の丘公園?と?糸満観光農園?が追加されていました。ここに車を停めシャトルバスに乗り換えて、平和祈念公園へと到着します。途中?平和祈願慰霊大行進?の一団が?ショートカットルート(国道までの近道)?を通るため、道を横断することもあり、普段なら?所要時間?すら気にしない距離ですが、結構な渋滞です。勿論それは仕方のないことですが、?徐行?して進むバスの車内からは、様々な景色を見ることができます、いや?見させられる?といってもいいかも知れません。 昨日夜に平和祈念公園を訪れた際、入口の門扉に?辺野古移設問題?と?翁長知事?について?バッシング?する?両意見?の横断幕が貼られていました。?貼るだけ?であれば?見る?も?見ない?も自由だと思いますが、?慰霊式?の当日に?遺族?を含む?参列者?に向けての?シュプレヒコール?というのは如何なものでしょうか。?日本国憲法?のもと?言論の自由?は保障されているため、その?言動?そのものには問題はないにしても、?慰霊式?に参列することを目的にしている方々に敢えてそれを?見せつける?必要があるのかどうかは?疑問?に思います。?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?という?呼称?が何故付けられたものなのか、遺族の高齢化によって?戦後71年?という呼称は?ないかも?という意見も少なくない中で、?今年が最後?かもしれない・・・という覚悟をされておられる方も少なくはありません。その方々が?乗っているかも知れないバス?に向かっての?抗議活動?は、沖縄戦に於ける?全戦没者慰霊?のために設けられたこの?式典?を冒涜するもののようにも思えます。勿論?政治的解決を図る手段?としての?抗議活動?そのものを否定するつもりはありません。しかしTPOは弁えて頂きたい…。バスの中でも?言っているよ??という意見は出ていました。それがあなた方の?抗議活動?に対する?意見?であり?評価?です。多分すぐ近くの場所で?行うことが許された場所?があったこともご存じない方のようでは話になりません…。 のっけからヒートアップしてしまいましたが、取り敢えず?沖縄県営平和祈念公園?に到着します。年間の?沖縄県公式行事?で最も人が集まるといわれるこの日、さすがに人は多いです。昨日写真に収めた?慰霊式?の?祭壇?前の?テント?下に入るには?金属探知機?チェックを含む?手荷物検査?があります。勿論一般観光客であっても入ることはできるのですが、今回は?式典?内部には入らず、ひとりの?ギャラリー?として?式典参加?をすることにします。?式典内部?と?ギャラリー?参加となにが違うか?ややこしい話ではありますが、公式発表で当日の参加者が5,400名とされていますが、これが?式典内部?の参列者、つまり?手荷物検査?を受けて参列された方で、私のように?式典会場を取り囲む?ように参列された方は、約20,000名位おられます。いくら広い公園とはいえ25,000名を抱えると大混雑になって当たり前です。遺族の高齢化に伴い、昨年は5,000名を初めて割り込んだと書かれていますが、まだ捨てたものでもありません。 そして定刻11:50に?式典の開会?宣言され、正午の?1分間の黙祷?を挟み、沖縄県内外の著名人による?慰霊の言葉?と?献花?が行われます。新聞にも書かれていたことですが、この?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?には、沖縄県知事翁長雄志氏、内閣総理大臣安倍晋三氏、米国駐日大使のキャロラインケネディ氏(Caroline Bouvier Kennedy)が参加されておられます。そのための?厳戒態勢?が敷かれていたこともあるのですが、翁長知事の辺野古問題について言及するも、県内外からの追悼式参加者に対し、沖縄戦の表現を?史上稀に見る熾烈な地上戦?と変えたことに対しては、?平和宣言?としての意味は成しているように感じました。それに対し安部総理は、沖縄戦を?国内最大の地上戦の場?としています。?沖縄戦から70年を迎えた本日?とか首を傾げたくなる?文言?もあれど、?建前論?だけではなかったようにも思います。言葉尻を捉えるような話ではあれど、?全く別次元?の?平和宣言?をされていた訳ではなかったというのが参列者の個人的感想です。 しかし?聞くに堪えない言動?、それが?ヤジ?です。色々な?書き方?をされているものに目を通しましたが、?ヤジの応酬?だったかというとそうではなかったように思います。平和宣言の読み上げているときに5名、退席時に3名、実はそれ位の?ヤジ?しか飛んでいない、もしくは聞こえていない・・・、これが事実です。もしこれが安部総理が平和宣言を読み上げている?数分間?続いていたならまた解釈も変わるように思いますが、公式参列者以外も含む?何万?という参列者の前での?散発的なヤジ?が評価されるものであるわけはありません。寧ろ?TPOを弁えていない不快なもの?と捉えられて当たり前と思います。 追悼式典という?厳か?な雰囲気の中で行われた?ヤジ?…、これを肯定する?マスコミ?の有り方に対しても疑問を感じます。ただひとつ間違いなく言えることは、マスコミも?仕事?でやっているということです。新聞記事のトップを飾る写真を撮ることが彼らの仕事かも知れませんが、あの混雑の中?報道?と書かれた?黄色のリボン?が?葵の御紋?になる訳はありません。前方を見ることに夢中になっている?一般?の方の後ろに脚立を持って近づいて撮影する様は、何ら?追悼式?の模様を?正確に伝えよう?とする意図は感じられません。参列者が追悼式の模様を写真に収めようとしている前に割り込んでカメラを構えている姿…写真に収めておけばよかったと今からすると思います。 その?ヤジ?こそが?沖縄の民意?だったとする意見が多々あるようですが、実際にはどうだったのでしょうか。勿論参列されていない方も多くおられる現実の中で、?マスコミネタ?として取り上げられることが果たして?民意?なのでしょうか。私が平成27(2015)年6月23日11:50?12:59に体験した?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?の話を聞いた方は口を噤みます。場違いだと…。 ?場を弁えた抗議活動?ならば、何か?聴衆に伝わるもの?はあるようにも思えます。しかしそれを?逸脱?してしまうと、?逆効果?になるリスクも考えないといけないのではないでしょうか。公園入口での?辺野古抗議活動?、式典中の?ヤジ?…、これは全く別の人間がやったことなのかも知れませんが、?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?のことを?軽視?した言動の数々を同一視している方が多い…それだけはここで述べておきます。 ?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?参列後、久しぶりに平和祈念公園の中を歩きます。?平和の礎?、沖縄戦に於ける戦没者のお名前が刻まれているものですが、国・都道府県別に50音順に刻まれているものです(追加記銘者は別)。大多数の民間をも含む犠牲者をだした沖縄に関しては、集落単位で刻まれていることは初めて知りました。私も母方の祖父が沖縄戦で亡くなっているため、今まで3回この?平和の礎?を訪れています。前回は1年前の7月に来ているため、なんとなくですが場所を覚えています。見つけました…。ふと気づいたことですが、?平和の灯?に続く道の両端に?平和の礎?が並んでいますが、向かって左側が?沖縄?のご出身者のものだということです。気が付かないとそれまでのことですが、ビジュアルで?沖縄の犠牲者の多さ?を誰もが知ることができる?現実?なのかも知れません。祖父の名前を見つけ手を合わせた後、?平和の火?、そして平和祈念公園の端から見る?海?を見に行きます。70年前にはこの海の色が?赤?だったのか?黒?だったのかはわかりません。また知らなくてもいい平和な時代なのかも知れません。 物想いに耽りたい気持ちはありますが、確か最終のシャトルバスが14:30だったので一旦戻らないといけません。?平和の礎?内の道を戻って行きますが、その駐車場側の入口付近に?記銘位置?を表示するパソコンがあります。場所は覚えていたのと人が多かったので通過しましたが、帰り道に空いていたので寄ってみました。ここでも沖縄の犠牲者の多さを知ることがありました。そこそこご年配の方が操作するのに時間が掛かることは仕方がないことだと思っていました。しかしそれだけの理由ではありません。つまりおひとりが検索される?人数?こそが?身内の犠牲者?であり、そのトータルが?沖縄の犠牲者?だということ。早くやって貰いたいから?手伝った?だけの私は、それを知った時自分の無知を恥ずかしく思うしかありませんでした。 色々とあった?戦後70年沖縄全戦没者追悼式?と?沖縄県営平和祈念公園?の第一弾は終了して、一度?沖縄晴明の丘公園?へと戻って車を取って来ることにします。シャトルバス乗り場へと並びますが、閉式後1時間程経った時間が一番混んでいるようでした。とはいえバスが来ると半分は乗れるので、だらだらと並び続けて40分…やっと順番が回ってきました。しか?しこの時点で14:30の最終バスの時刻をオーバーしています。周辺の混み具合を考えるとそれなりの時間はかかると思っていましたが、帰りは行きの?平和行進専用?とされていた道が解放されており、僅か4分で到着します。さすがに?あれっ?と思いましたが、まだ陽が高いので?行けるところは行こう?と思い車を走らせます。 そして向かった先は、昨年7月に?黎明之塔?より必死になって歩いた?沖縄師範健児之塔?。車で入れることは昨年12月に確認済みなので、解放された道を人を避けながらちんたら走って行きます。駐車場付近にあるのは?閉店したお店?。見た感じ?お土産物屋?だったように見えますが、さほど大きな駐車場でもなければ、どれ位の売り上げがあったのだろう…と思いつつ歩いて行きます。そして約1年ぶりの?沖縄師範健児之塔?に到着します。こちらではご遺族の方が主体となって6月23日10:00?追悼式典が行われていた?こと?が書かれていました。たくさんの献花に囲まれた碑は、70年前砲弾の飛び交う中を右往左往することしかできず、力尽きひとり倒れて行った若者達の無念さと寂しさを?紛らわせる?かのように…。今となっては手を合わせることしかできませんが…合掌。 こちらの駐車場に車を停めてきたのは初めてです。昨年12月の夜に来ている筈なのですが…、?沖縄師範健児之塔?まで行ったと記録していますが、もし行ったのなら?暗闇の道?を歩いて行ったことになりますが…、なんか自信がありません。駐車場より5分程度歩かないといけないので…。なので改めてこの一帯を歩いてみることにします。?沖縄師範健児之塔?の他、?南溟の塔??独立臼砲第1連隊戦没英霊之碑?? 風部隊之碑?の4つの慰霊塔を巡りながら歩きます。 結構アップダウンのある場所を歩いて回った後、もう一度平和祈念公園へと戻ることにしました。駐車場に車を停めるのに若干時間は要したものの、式典前に比べると?おや??っと首を傾げるくらい空いています。今日?沖縄慰霊の日?は、?平和祈念館?や?平和祈念堂?の入場は無料となっています。入場料位は払いますよ?といいながらも、ちゃっかり恩恵を被ります。 まずは?沖縄平和祈念堂?、ここは初めての来館です。そういえば?建物?はあったかな…くらいの記憶しかないのは、いつも沖縄県営平和祈念公園を訪れるときは、時間に追いまくられており、一時間程で回る範囲でしか行動していません。なので最も?低い位置?にある沖縄県営平和記念公園からは、?ヘタレ?は常に?しんどそう…?と思っていたのかも知れません。しかし今日は意を決して向かいます。中心に?平和祈念像?が安置されているこの?沖縄平和祈念堂?ですが、美術館的な要素が強いように思います。連作絵画による?戦争と平和?など、平和祈念館とはまた違ったニュアンスで平和を語っているように思います。残念ながら私には?絵?の良さは分からないためイマイチ理解ができないのが残念でした。 そして沖縄県平和祈念資料館、ここには3回目になりますが、前回来たのが2011年3月17日のこと。いきなり脈絡のない話になりましたが、つまり東日本大震災の6日後だった訳です。その時にどういう経緯があって沖縄へ来たのか、恥ずかしながら?覚えていません?。どこかへ行くために神戸空港へ着いたものの、すぐに乗れる飛行機が那覇行きだったので?沖縄?へ来たというだけのことでした。その頃はまだ?沖縄病?に罹患している訳でもなく、街中をドライブしているうちに着いた先がこの?沖縄県平和祈念資料館?だったように思います。しかしこの?沖縄県平和祈念資料館?で過ごした時間だけは?鮮明?に覚えています。じっくり何時間もいたのか、違います。全く逆で僅か30分程で気分が悪くなり退出しました。なにが原因か?これは展示物にある?人骨の集まり?を見た瞬間、震災の様子と被ってしまったことにありました。私自身?感受性?がそれ程高い訳ではなく、むしろ?無頓着?な方だと思っています。ではなぜ急にそうなったのか?実は私自身仙台に住んでいたことがあり、それも含め?他人事ではない?ように思っていました。そこで見た?沖縄戦?の惨劇の展示物に?オーバーラップ?するものを感じたための反応だったと思います。実はこの話?逆のパターン?があることは、沖縄では知られている話で、特に学徒隊に参加された方が、テレビの震災報道を見て?拒否反応?を示されたことは、当時記事にも書かれていました。PTSD(心理的外傷)に起因するものでしょうが、これは人によりけりとは思うものの、今尚沖縄での?終わらない戦争?を物語ることのように思います。ただ?住んでいた?だけで?拒否反応?を起こす人間もいるのであれば、その?惨劇そのもの?を経験した方の心に負った傷の深さは、到底?知ることができない?ものだと思います。私は専門家ではないのでどうすればいいのかなどわかる訳もありません。3年の月日が過ぎ、やっと直視ができるようになった時にふと思い出したことだったのでここに記します。 炎天下の公園内を避けて涼んでおられる方も少なくはないなか、それなりに?作成意図?が伝わってくる?平和への願い?には、素直にそうなればいいね…と思います。滋賀県知事?三日月大造氏?もコメントを寄せていましたが…。先に遠くから行ったかたちになりますが、本日の沖縄県平和祈念資料館の閉館が18:00だったのでそうしています。 夏の日差しが降りそそいだ沖縄島最南端の地も、日が傾き夕暮れが迫ってきたことで歩きやすくなり、自称?ヘタレ?もまた歩き始めます。摩文仁の丘でも下の方にあるため?行くのが容易?だったはずにも拘らず初めて?島守の塔?を訪れます。官選最後の沖縄県知事?島田叡?氏、沖縄県警部長?荒井退三?氏をはじめとする?沖縄県職員?の戦没者を祀っています。自分の身に降りかかる困難をどう捉えていたのか…、ヘタレの私には想像ができませんが、その逸話が今尚健在で、県民から慕われていることは、献花の数からも伺えます。また?沖縄県民斯く戦ヘり?の電文を発信した海軍沖縄根拠地隊?大田實?司令官が、なぜ?県知事に代わり?沖縄県民の戦いざまを発信したのか?実は島田知事と大田司令官は?肝胆相照らす?関係であったことから、通信能力のない沖縄県に代わり打電したものこそ?沖縄県民斯く戦ヘり?の電文そのものになります。時代背景は戦争中であり、滅私奉公の考えのもとで?一億総動員?が叫ばれていました。しかしその中には?生きる勇気?を語る?偉人?もおられたことは忘れてはならないことだと思います。そしてその隣にある?栃木の塔?、こちらもじいちゃんが眠っている場所として私には特別のものです。できることはただ手を合わせることしかできませんが…。 辺りが暗くなるにつれ、?平和の礎?では?報道番組?を撮っているようです。式典そのものに参加し、?メディア?の有り方に疑問すら感じた一人としては、興味すらないので素通りします。?命どぅ宝(ぬちどぅたから)?の碑の前の池では、沖縄県平和祈念財団主催の?平和の篭流し?が始まりました。同宿のご夫婦が?北海道?代表として参加を頼まれたとの話をお聞きしていたので、それも含めて見ようとしていたら…いつの間にか?終了?宣言が出てしまいました。確かに広島とはまた違う形での?燈籠流し?、定番と言ってしまえばそれまでかも知れませんが、子供主体として行われていたことに素直に?平和への祈り?を思います。その時間に併せて沖縄の任意団体である?万国津梁の会?の主催により、?キャンドル平和の灯?7000本をエントランス広場から平和の礎刻銘碑にかけて灯すことが行われていましたが、やはり?平和の礎?の?メイン通り?の中央部に?2Lのペットボトル?を用いた?キャンドル?を立てるのは、?人通り?のことを考えると無茶なところはあったようにも思います。勿論立てている場所によっては、背景に溶け込み?いい味?を出していたと思います。もし継続的に行われるのであれば、悪気なく人が?引っ掛けてしまう?ことを考えての設置を望みます。 この?キャンドル?がしっくりくる頃には、夏至の頃の沖縄の地でもさすがにあたりは暗くなります。約9時間沖縄県営平和祈念公園にいたことは初めての経験であり、様々な問題にも気付かされた貴重な時間でした。大凡20:00にはすべてが終わると聞いていたので、それに合わせ宿へと戻ります。出発から帰着まで10時間出歩いていたわりには、一日の走行距離が10.5kmと、一日あたりの移動距離は過去最低を記録した平成27年(2015)年6月23日のすべてのアクティビティは終了し、途中コンビニ経由して宿に到着します。平和祈念公園に詰めていたため集めてきた?各紙の号外?をお土産代わりに渡しながら食事を済ませると、炎天下頑張ってきたため急に眠くなってきます。取り敢えずはシャワーを浴びて汗を流すと、いつも間にか寝てしまったようです。多分日も跨がないうちに…zzz。そして今回の旅最終日を迎えます。 【宿泊:直接手配】 みん宿ヤポネシア 〒901-0334 沖縄県糸満市大度309-42 Tel:098-997-2136・070-5581-5986 一泊二食付6,000円 http://www.yaponesia.com/ mail to:info@yaponesia.com ?2015年6月23日火曜日?沖縄慰霊の日??戦後70年沖縄全戦没者追悼式?? http://4travel.jp/travelogue/11024846 これで?≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之??戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列:3日目??は終ります。 次は最終章?≪2015.Jun≫あみんちゅ歴史に触れる旅沖縄その壹之??戦後70年沖縄全戦没者追悼式参列:4日目??に続きます。
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沖縄県の旅行記 みん宿ヤポネシアにて、?朝食?。
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沖縄県の旅行記 3日目の朝です。みん宿ヤポネシア?看板?。
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沖縄県の旅行記 平和祈願慰霊大行進の先頭。
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沖縄県の旅行記 平和祈願慰霊大行進、その?。
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沖縄県の旅行記 平和祈願慰霊大行進、その?。
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沖縄県の旅行記 平和祈願慰霊大行進、その?。
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沖縄県の旅行記 平和祈願慰霊大行進、その?。 後方での?デモ?...
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沖縄県の旅行記 追悼式の臨時駐車場になっていた?沖縄清明の丘公園?。
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沖縄県の旅行記 慰霊式の臨時駐車場になっていた?沖縄清明の丘公園?の...
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沖縄県の旅行記 シャトルバスに乗ってやってきた先は、?沖縄県営平和祈...
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沖縄県の旅行記 ?沖縄県営平和祈念公園?の?沖縄清明の丘公園?行きシ...
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沖縄県の旅行記 沖縄県営平和祈念公園です。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場入口。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の様子。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の様子(祭壇正...
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沖縄県の旅行記 平和祈念堂の様子です。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の様子(祭壇正...
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典祭壇の右側から見た...
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の右側の様子。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の様子(祭壇正...
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式、式典会場の様子(祭壇正...
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沖縄県の旅行記 追悼式終了時刻は、12:59.
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沖縄県の旅行記 一旦?沖縄晴明の丘公園?へと戻ります。
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沖縄県の旅行記 外野での参列者でも、?お焼香?はさせてもらえます。 ...
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沖縄県の旅行記 ご焼香への長い道のり。しばらく同じような写真が続きま...
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沖縄県の旅行記 ご焼香への長い道のり。しばらく同じような写真が続きま...
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沖縄県の旅行記 ご焼香への長い道のり。しばらく同じような写真が続きま...
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沖縄県の旅行記 式典祭壇、左方向。
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沖縄県の旅行記 これで記銘位置が検索できます。
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沖縄県の旅行記 平和の礎、?栃木エリア?。
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沖縄県の旅行記 平和の礎、?栃木エリアその??。
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沖縄県の旅行記 これが?平和の礎?右側、?沖縄以外の戦没者?の配置に...
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沖縄県の旅行記 たくさんの献花を携えた?平和の礎?。
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沖縄県の旅行記 平和の礎、平和の火。
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沖縄県の旅行記 平和の礎、平和の火。 背景には沖縄県平和祈念資...
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沖縄県の旅行記 平和の礎、平和の火。 そして青い空、青い海。
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沖縄県の旅行記 平和の礎、平和の火付近から?沖縄県平和祈念資料館?を...
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沖縄県の旅行記 ?平和の礎?謂れ。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式?祭壇?、その?。
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沖縄県の旅行記 式典祭壇、左方向。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式?祭壇?、その?。
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沖縄県の旅行記 戦後70年沖縄全戦没者追悼式?祭壇?、その?。
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沖縄県の旅行記 式典祭壇、右方向。
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沖縄県の旅行記 沖縄清明の丘公園に戻ってきました。普段は霊園というこ...
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沖縄県の旅行記 ?沖縄師範健児之塔?慰霊祭の日取り。 緯度:2...
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沖縄県の旅行記 ?沖縄師範健児之塔?建立の由来。 緯度:26....
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沖縄県の旅行記 沖縄平和祈念堂、平和観音像。
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沖縄県の旅行記 沖縄平和祈念堂にて、平和の鐘。
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沖縄県の旅行記 平和の礎。
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沖縄県の旅行記 摩文仁の丘より海を眺める、その?。
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沖縄県の旅行記 平和の火と平和の礎。
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沖縄県の旅行記 平和の火と平和の礎、その?。
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沖縄県の旅行記 平和の礎。
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沖縄県の旅行記 命どぅ宝の碑。
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沖縄県の旅行記 島守の塔。
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沖縄県の旅行記 島守の塔、建立の謂れ。
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沖縄県の旅行記 宿に戻ってきました。 2日目の夕食。
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沖縄 ,「あの日の沖縄」を辿る旅 vol.4 ?最終章 読谷村?
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2016/09/18~" . 2016/09/20
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

「あの日の沖縄」を辿る旅 vol.4 ?最終章 読谷村?

シルバーウィーク、山に行くつもりだった。 ところが相方は沖縄に行きたいという。「じゃ、沖縄」。 彼女が青い海に潜っている間、私はガマに潜ることにした。 戦跡巡りにはそれなりの準備が必要だが、これが充分とは言えない状態だっただけでなく、この10年ほどの間で情報も増え、沖縄への想いも一言では言えない自分がいて、気持ちの整理がつかないままの出発となった。 第四弾の最終章は、読谷村。 日航アリビラをはじめとするリゾートホテルや世界遺産の座喜味城もありながら、のんびりとした生活臭も感じられる、恩納村とは趣を異にするエリアである。 沖縄戦では、米軍が初めて上陸した地でもあり、当然戦跡も多い。 ただ、南部のように観光資源化されていないので、どこも静かに見学できる。 ============================ 決して明るいテーマではありません。タイトル通り、戦跡ばかりです。 極力史実に基づいた内容だけを淡々と記述するつもりですが、一部の思い入れのある場所については、多少の私情が含まれています。 「史実」と言っても、沖縄戦当時の記録は、文献によって数値や見解に差異があることも多く、ここで採用した内容について是非の議論をするつもりはありません。 大事なのは、それほど遠くない過去、ここで多くの人が命を落としたという事実、その舞台が「琉球」という異国家だったという事実です。
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沖縄県の旅行記 初日の夕刻、南部の戦跡群を駆け回り、少し落ちた気持ち...
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沖縄県の旅行記 本日の宿は希望が丘。つまり周辺にはろくな店がないとい...
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沖縄県の旅行記 さて、今回読谷村での訪問予定はこの地図の通り。 チ...
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沖縄県の旅行記 順不同ながら・・・ 「さとうきび畑 歌碑」 ...
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沖縄県の旅行記 この歌ができるきっかけ、背景などが刻まれた碑文。
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沖縄県の旅行記 歌碑メイン 右手前のボタンを押すと「さとうきび畑」...
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沖縄県の旅行記 「さとうきび畑の歌碑」から戻るような形で、「対照的」...
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沖縄県の旅行記 『チビチリガマ』 周囲がずいぶんきれいに整備さ...
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沖縄県の旅行記 これがチビチリガマである。 この前庭のような場...
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沖縄県の旅行記 右手、小川が流れている
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沖縄県の旅行記 平和の像と対峙するように、がじゅまるの古木。 いつ...
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沖縄県の旅行記 ここで起こった凄惨な出来事を綴った石碑。 死者...
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沖縄県の旅行記 ガマ入口には遺族からのメッセージ これは12年...
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沖縄県の旅行記 チビチリガマ 世代を結ぶ平和の像 この場所が独...
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沖縄県の旅行記 琵琶法師の周りを見てほしい 初めて訪れてこの像...
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沖縄県の旅行記 平和の像の台座の内部 単なる“鎮魂”では済まさ...
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沖縄県の旅行記 阿鼻叫喚 この世の地獄 親子、隣人同士が殺し...
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沖縄県の旅行記 迫りくる米軍にパニックを起こし、「投降」の選択肢は教...
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沖縄県の旅行記 ところが、最近になってこのガマの数少ない生存者がその...
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沖縄県の旅行記 そしてこのチビチリガマの悲劇はこれで終わらず、「平和...
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沖縄県の旅行記 『シムクガマ』 同じ波平部落の防空壕で、チビチ...
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沖縄県の旅行記 同じ部落でチビチリガマとは微妙な関係にならざるを得ず...
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沖縄県の旅行記 読谷村を走る58号線。 喜名番所から徒歩圏に、あま...
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沖縄県の旅行記 『山吹の碑』 文字通り国道沿いなので、クルマは...
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沖縄県の旅行記 萬華の塔の傍にあった「砲兵山吹の塔」と違うのは、遺骨...
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沖縄県の旅行記 傍らに建つ「無名戦没者慰霊碑」
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沖縄県の旅行記 碑の脇の階段を登ると「梯梧之塔」。 周辺住民が...
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沖縄県の旅行記 最初に建立した梯梧之塔が立入禁止区域になったため、こ...
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沖縄県の旅行記 沖縄出身らしい名前が並ぶ
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沖縄県の旅行記 隣には『さくら之塔』 こちらも戦没者慰霊碑であ...
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沖縄県の旅行記 読谷村役場の周辺にもいくつか戦跡がある。 そもそも...
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沖縄県の旅行記 読谷村役場に立寄り、企画政策課にて村内の戦跡について...
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沖縄県の旅行記 『忠魂碑』 役場から運動広場へ向かう途中、フェ...
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沖縄県の旅行記 慰霊碑とは、その名の通り、亡くなった人々を“慰霊”す...
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沖縄県の旅行記 『掩体壕』と『義烈空挺体玉砕之地碑』 かつて4...
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沖縄県の旅行記 以前(2010年・2011年)の掩体壕 この粗...
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沖縄県の旅行記 内部には入れないが、掩体壕ほか、付近の戦跡群のパネル...
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沖縄県の旅行記 裏側(後方)の窓からのぞいてみる。 老朽は避けられ...
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沖縄県の旅行記 掩体壕の外側 公園に造られた“山”のよう・・・
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沖縄県の旅行記 『義烈空挺体玉砕之地碑』は以前は役場の真ん前にあった...
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沖縄県の旅行記 次に訪れたのは、渡久地ビーチ。 地元の人たちがのん...
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沖縄県の旅行記 ビーチ入口は「泊城公園」 ちょいと洒落たレストラン...
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沖縄県の旅行記 渡具知ビーチ 美しいビーチである。
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沖縄県の旅行記 泊城公園は、ビーチの端から比謝川河口にかかる小高い丘...
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沖縄県の旅行記 戦前から行楽の場所だったようだが、「トゥマイグシク」...
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沖縄県の旅行記 その巨大な奇岩の上部、以前は行けたようだが、今は立入...
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沖縄県の旅行記 ぽつんと、しかし大事そうに設えられた『梵字碑』 ...
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沖縄県の旅行記 梵字碑の前に崖の際を通る小径があった。 進んでみる...
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沖縄県の旅行記 さらにすすむと、今度は洞。 手前には祭壇のようなも...
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沖縄県の旅行記 お次は『ノロの墓』 これも近年整備(?)されたもの...
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沖縄県の旅行記 鷹の目いわや(窟屋) 岳春とその家来がここに葬...
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沖縄県の旅行記 ようやく頭上が開けた場所に出た。 これもわかりにく...
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沖縄県の旅行記 戦跡とは無関係の遺跡を見た後は、『米軍上陸の地碑』 ...
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沖縄県の旅行記 碑文 沖縄戦終結50周年のモニュメント。
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沖縄県の旅行記 比謝川河口の米軍の写真がレリーフになっていた。
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沖縄県の旅行記 米軍の侵攻ルート
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沖縄県の旅行記 比謝川河口 向かいは嘉手納町。 ここから米軍...
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沖縄県の旅行記 泊城公園の真下に特攻艇秘匿壕があるが、公園から直接行...
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沖縄県の旅行記 その右手、崩落しそうな崖の下に墓碑。 文字が一部消...
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沖縄県の旅行記 海岸(磯)を進むと崖の中腹に洞窟。
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沖縄県の旅行記 足場はすこぶる悪いが登ってみると、あった 『特...
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沖縄県の旅行記 背丈の高い雑草が茂っており、入口まで行くのは躊躇われ...
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沖縄県の旅行記 こちらは実際に特攻艇を格納した壕だろう。 海岸線に...
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沖縄県の旅行記 ここ読谷では、明暗を分けた2つのガマがあり、だからこ...
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沖縄県の旅行記 今回の戦跡巡りで、かつて放置されていた戦跡がだいぶ整...
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沖縄県の旅行記 「平和学習」と言う行為が、ここ沖縄ではビジネスとして...
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沖縄県の旅行記 個人的には、戦跡見学の団体優先志向には反対だし、修学...
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沖縄県の旅行記 また一方で、沖縄の「今」を考える上でも、70年前にこ...
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沖縄県の旅行記 戦後70年が経ち、戦争の記憶が風化しつつある今だから...

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